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【第九章完結】隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった  作者: バランスやじろべー
第六章中編 体調不良のクールさん

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第323話 「行ってらっしゃい」と「行ってきます」 ~新婚生活の予行演習~

 何はともあれ着替えが終わった後は、ベッドに横になった桜彩と他愛もない雑談を行い時間を潰す。

 気が付けばいつもの登校時刻が迫っていた為、名残惜しいが二人で立ち上がり玄関へと向かう。


「それじゃあ行ってきます」


「うんっ。行ってらっしゃい」


 普段であればエントランスまで手を繋いで向かうのだが、今日に限っては桜彩とはここでお別れだ。

 多大な名残惜しさを感じながらも、怜はエレベーターに乗る直前まで玄関の方をチラチラと眺め続ける。

 そして桜彩に手を振ってエレベーターへと乗り込むと、すぐに桜彩の姿が見えなくなった。

 下へと降りて行くエレベーターの中で、ふと自分の右手を眺めてしまう。


(ん……………………)


 普段であればまだこの手には桜彩の手がしっかりと握られている。

 その感触を味わえないのがたまらなく寂しい。


(だ、だけどさっき、桜彩が『行ってらっしゃい』って……)


 領峰学園へと向かう怜に向けられた桜彩の言葉。

 行ってらっしゃいとは基本的に家族に向けられた言葉だ。

 例えば学校に向かう子供に対する両親の言葉や――


(な、なんか今の……夫婦みたいだったな…………)


 もしくは仕事に行って来る夫に対する妻の言葉。

 たった一言だけなのだが、今のやりとりはまさにそのような感じだった。


(桜彩が、俺に『行ってらっしゃいって』言ってくれた……。う、嬉しいし、恥ずかしい…………)


 もし桜彩と付き合うようになり、そのまま順調に関係を進めることが出来れば、将来はそのような未来を。

 そんな夢の一部を先取りしたような幸せなやり取り。

 思わず顔が真っ赤になってしまったのが自分でも良く分かる。


(っと、危ない危ない。とにかく気持ちを切り替えないと)


 一階へと到着したエレベーターから出ながらひとまず気持ちを切り替えようとする。

 エントランスから歩道に出た所で桜彩の部屋の玄関を見上げると、まだそこに桜彩が居た。


(桜彩……?)


 なんでそんなところに、と思ったら怜の姿を見つけた桜彩がこちらに向かって手を振ってくれた。


(……ッ!!)


 予想外のその行動に思わず固まってしまう。

 慌てて意識を取り戻して、怜も桜彩の方へと手を振り返す。

 もうこれ以上桜彩の方を見ているとこのまま動けなくなってしまうかも。

 そう思って断腸の動きで桜彩から視線を外して学園への道を歩き出す。

 すると数秒後にポケットの中のスマホが震えた。

 確認すると、そこには桜彩からのメッセージ。


『怜のことをお見送りしたくて』


 ご丁寧に怜の猫のスタンプの手を振っているバージョンまで送られてくる。

 サプライズメッセージに顔を真っ赤にし、曲がり角を曲がったところで足を止めて悶えてしまう。


「うぅ…………」


 大好きな人からそう言われると、本当に嬉しすぎる。


(こ、これってもう本当にその……夫婦……みたいだ…………)


 嬉しさで震える指で、なんとかスマホを操作して冷静にメッセージを返す。


『ありがと でも病人なんだからゆっくりと休んでくれよ』


「うん ありがとね」


 最後に振り向くと、桜彩は既に自室に入ってしまったのか、そこにはもう人影はなかった。


「…………学校行くか」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「えへへっ……。怜が『行ってきます』だって。えへへへへっ…………」


 怜の乗ったエレベーターの扉を見ながら、桜彩がにへらっと笑みを浮かべる。


「そ、それに私も『行ってらっしゃい』って……。こ、これってそういうこと、だよね…………?」


 誰に聞くでもなく口からそのような言葉が漏れる。

 まるで仕事に行く夫とそれを見送る妻のような会話。

 今のやり取りはまさにそのような関係を現したような感じだった。


(えへへっ。恥ずかしいけど嬉しかったなあ…………)


 もし怜と付き合うようになり、そのまま順調に関係を進めることが出来れば、将来はそのような未来を。


(も、もし本当に、その、怜と結婚したら、『行ってらっしゃい』って言った後で、き、キスも……)


 ドラマや小説、漫画等フィクションでよくある光景。

 それを想像して思わず顔が真っ赤になってしまったのが自分でも良く分かる。


(そ、それじゃあそろそろ部屋に戻ろうかな。せっかく怜が看病してくれたんだから、早めに治さないとね)


 そう思って自室の玄関へと足を向けたのだが、ふとアパートの前の道へと視線を向ける。


(そうだ! もう少ししたら怜が出て来るんだよね)


 怜が出てきたとしても、こちらの方を向いてくれるかは分からない。

 だがそのくらいの時間なら待っても問題は無いだろう。

 そんなことを思っていると、エントランスから怜が姿を現す。

 そして歩道を数歩進んだところでこちらの方を見上げてきた。


(あっ、怜だ! ふふっ……)


 こちらの方を見上げる怜に手を振ると、怜からも手を振り返してくれる。

 しばらくして怜が歩き始めると、自室に入りスマホで怜へとメッセージを送る。


『怜のことをお見送りしたくて』


 ついでにいつもの猫スタンプの手を振っているバージョンも添えてみた。


(ふふっ。こうしてお見送りするのもなんか良いものだよね)


 少しするとスマホが震えて怜からの返信を伝えてくれる。


『ありがと でも病人なんだからゆっくりと休んでくれよ』


(怜……。ありがとね。ふふっ、嬉しいなあ)


 自分を心配してくれる怜のメッセージを嬉しく思いつつ、再度メッセージを返信する。


『うん ありがとね』


 幸い、と言って良いか分からないが既読は付いたもののそれ以降の返信はない。

 もしここで返信が来たら、二人共止め時を失ってしまっただろう。


「それじゃあ怜を安心させる為にもしっかりと休まなきゃね」


 そう言って桜彩は寝室へと向かい、れっくんを抱いてベッドに横になった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「れーくん。サーヤは大丈夫なの?」


 陸翔と蕾華が登校してくると、怜は二人と共に部室へと向かう。

 二人には登校前に簡単に事情を説明していたのだが、やはり心配なのかすぐに桜彩の容態について(他のクラスメイトにはバレないように)訊いてきた。


「ああ。そこまで熱が高いってわけでもないし、朝ご飯もちゃんと食べてたしな」


「そっか。それなら一安心だね」


「最初は無理してジョギングしようとしてたんだけどな。無理して休ませてきた」


 それを聞いた親友二人が顔を見合わせて


(似た者同士だよな)


(似た者同士だよね)


 とアイコンタクトを交わす。


「まあ、今日は俺も直ぐに帰るよ」


「その方が良いよね。病気の時に一人ぼっちって寂しいし」


「だからこそ誰か側にいてくれるといつも以上にありがたいしな」


 その辺りは怜も何度か経験があるので良く分かる。

 特に昨年の一人暮らしでは寂しい時にこの二人が尋ねて来てくれては本当に感謝したものだ。


「帰るまでに治ってるのが一番だけど」


「怜から聞く限り症状は軽そうだしな」


「そうだな。別れ際もそこそこ大丈夫そうだったしな」


 別れる際にベランダから手を振ってくれた。

 それを思い出して、怜の顔が赤くなってしまう。

 そして当然それをこの二人が見逃すことは無かった。


「あれ? 怜、出掛けに何かあったのか?」


「うんうん。さあれーくん、何があったのか吐いちゃいなって!」


 桜彩の容態がひどくないということで安心した二人が楽しそうに怜へと詰め寄ってくる。

 何とかごまかそうとするのだが、もうこの二人相手には手遅れだろう。


「いや、特にどうってことは無いんだけど、朝にな――」


 朝の出来事を二人へと話す。


「まあ、なんだ。その、桜彩とそういうのって、なんだか照れるなあって」


 恥ずかし気にそう呟くと、親友二人が顔を見合わせる。


「新婚さんか?」


「将来の予行演習?」


「うっ……!」


 二人の言葉に顔が真っ赤になってしまう。


「だからからかうなっての……」


「からかってなんかないって。だってさ、れーくんは将来そうなりたいんでしょ?」


「ていうかよ、お前だってそう思ったんだろ?」


「ま、まあ、そうなったら良いよな、とは、思ったけど……」


 それはそれで事実なので否定は出来ないししたくない。

 よっていじけるような口調で答えて視線を背けてしまう。


「ふーん、そっかそっか」


「ならそうなるように頑張らないとな!」


「お、おう……」


 親友二人のからかいだか応援だか分からない言葉に、赤い顔のままそれだけ答えるのが精一杯だった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「あれ、そういえばアタシ達、サーヤの心配してたんだよね?」


「そうだな。いつの間にか惚気話聞かされてたけど」


「まあいつも通りだけどさ」


「いつも通りだな」

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