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【第九章完結】隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった  作者: バランスやじろべー
第六章中編 体調不良のクールさん

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第319話 再び怜のベッドで

「と、とりあえず体温計を見せてくれ!」


「う、うんっ!」


 今の出来事を忘れようと少しばかり大きな声を出す怜。

 それに対して桜彩も恥ずかしがりながらも怜へと体温計を手渡す。

 そしてそこに表示されている数字を見て、怜の顔が徐々に険しくなっていく。


「あの、怜……?」


 その表情の変化に桜彩がおそるおそる問いかける。

 焦っていた為に、桜彩は自分の体温を確認していない。


「桜彩、ここにどんな数字が表示されてると思う……?」


「え、えっと……36.9℃くらい……?」


 おそるおそる小声で返答する桜彩。

 しかし怜はその返答に溜息を吐き、首を大きく横に振って


「37.6℃。はい、今すぐにベッドに向かうこと!」


「え? 嘘? そんなに高いの?」


 怜から聞いた数字を信じられずに問いかける桜彩。

 そんな桜彩に怜は体温計を差し出して桜彩へと見せつける。


「ほら。分かるな?」


「え…………う、うん…………」


 そこに表示されていた体温は37.6℃。

 高熱と微熱の中間くらいの体温が表示されていた。


「間違いなく風邪だな。分かったらさっさと休む。ほら、とりあえず俺のベッド使っていいから」


 桜彩から体温計を回収して休むように促す。


「う、うん……あ、でもそれじゃあ怜に感染させちゃうんじゃ……」


「そんな心配するんなら一刻も早くベッドに入れって! ほら、早く!」


 座ったままの桜彩の手を強引にとって立ち上がらせると、そのまま手を離すことなく寝室のベッドへと誘導する。

 その間、桜彩は特に抵抗するでもなく言われたまま怜へとついていき、寝室のベッドへと横になる。


「とりあえず薬だな。食欲は?」


「ちょ、ちょっと……それよりも怜はジョギングが……」


 怜と桜彩の日課であるジョギング。

 桜彩とは違い、怜の場合はもう何年も前から毎日ずっとランニングを続けている(桜彩と共に走るようになってからはジョギングに変わったが)。

 自分のせいで怜のジョギングを削ることは出来ない、そう思っての言葉だったのだが、それを聞いた怜は更に眉を寄せて睨むような目で桜彩を見る。


「そんなものはどうでもいい! 俺のジョギングなんかよりも桜彩の方が大切だ!」


 きっぱりと言い切る怜。

 それを聞いて申し訳なく思うとともに、桜彩の心の中に温かいものが生まれる。


(……怜のジョギングを中止させちゃったのは申し訳ないけど、でもそう言ってくれて嬉しいな)


 大好きな人が心配してくれる、不謹慎だけど喜んでしまう自分がいる。

 そう思いながら掛布団を羽織る。

 それを見て、もう無理をすることもないだろうと判断した怜の口からやっと安堵のため息が漏れる。


「ふぅ……。強く言って悪かったな。でもな、体調が悪い時は素直に休んでくれよ」


「う、うん……」


「別に俺はスポーツに全てを掛けて打ち込んでるわけじゃないんだから。ジョギングなんかよりも桜彩の方がよっぽど大切なんだからな」


「うん……ありがと」


 再び大切と言ってくれた言葉に桜彩の顔がにへらっと緩む。

 心配をかけたことは申し訳ないが、こうして大切にしてくれるのはとても嬉しい。


「桜彩。前に俺が体調を崩した時に桜彩が言っただろ? 『体調が悪かったら素直に休むって約束して』って。それは桜彩だってそうなんだからな」


「うん、ごめんね。今度からは私もそうするから」


 心配そうに桜彩にそう伝え、自らの右手の小指をそっと立てて桜彩へと差し出す。

 その意図を理解して、桜彩もにっこりと笑って自分の小指を絡ませる。


「それじゃあ約束したからな」


「うん、約束だね」


 そう指切りをして二人はお互いにクスッと笑い合った。


「それじゃあまずは食事だな。食欲は?」


「うん、大丈夫だよ」


 薬を飲むにしろ、基本的に食後の方が良いだろう。

 食事が摂れるのなら一安心だ。


「分かった。それじゃあ簡単に作っちゃうぞ。喉は乾いてない? 水とかはまだ飲まなくても大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ。ありがとね」


「それじゃあ一度キッチンに戻るから。何かあったら呼んでくれ」


「うん」


 桜彩の返事を聞く限り、とりあえずはこのままで良さそうだ。

 一度寝室を出て扉を閉めるとキッチンへと向かう。


「さて、なにがあるかな……?」


 今日の朝はサンドイッチにしようと思っていたのだが、病人食なら別の物の方が良いだろう。

 そう考えながら冷蔵庫を開けて、ネギをはじめとする食材を取り出した。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ふぅ……」


 寝室の扉が閉められると桜彩は一つ息を吐きだす。

 二人寝ても大丈夫なサイズのダブルサイズベッド。

 ダブルデートで一晩を明かして昨日の朝以来。

 再び怜の温もりに包まれたいと思っていたのだが、まさかこのような事情で再び横になれるとは思わなかった。


「やっぱり昨日の寝不足が原因かなあ?」


 怜のことを好きだと自覚して、それに加えて同じベッドで一晩を共にしたことを思い出して全然寝付くことが出来なかった。

 怜のことを考えるだけで、体中が熱を持って眼が冴えてしまった。

 それが功を奏して、というわけでもないが、この通り再び怜のベッドに横になることが出来た。


「……温かい」


 怜が起きてからまだそこまで時間が経っていない為、ベッドにはまだ怜の体温が残っている。

 一度外に出て少し冷えた体がすぐに暖かくなっていくように感じる。

 これまでも桜彩は怜の様々な温かさにずいぶん助けられてきた。


「これが怜の温かさなのかな……?」


 熱の為か自分でも良く分からないことを口にしてしまう。

 しかしそう感じられるほど、ベッドに残る温かさが心地良い。

 そしてベッドに残るのは体温だけではない。

 ふと桜彩の鼻をくすぐる香り。

 自分の部屋やベッドとは違う香り。

 決して嫌な臭いではなく、むしろとても心地良い。


「ふふっ、怜の香りだあ」


 掛布団を顔の上まで持ち上げて胸いっぱいに息を吸い込む。


「んーっ」


 胸の中が怜でいっぱいになったかのような感覚に包まれる。

 照れくさくなって、顔を隠すように体を回転させてうつ伏せになる。

 すると桜彩の顔を包むのは怜の枕。

 そちらからも怜の香りが漂ってくるし、頬には枕に残った怜の体温が感じられる。

 怜の体温と怜の香り。

 それらが合わさって、まるで怜本人に包まれているようだ。

 再び体を回転させて仰向けに戻る。


「えへへーっ」


 この部屋に残る怜体温と残り香を意識してつい顔がにやけてしまう。

 上下左右、三百六十度、どこからでも怜を感じることが出来る。


「ふふっ。あの時のことが現実になっちゃったな」


 ふと怜が風邪をひいたときのことを思い出す。


『あ、でももし私が風邪をひいちゃったら、怜も同じようにしてくれるのかな?』


 怜が顔を洗っている間、そんな言葉が口をついてしまった。

 その事実に苦笑してしまう。

 風邪をひいて怜に迷惑をかけることを望むわけではなかったが、今の状況はまさにそれだ。

 そして予想に違わずかいがいしく世話を焼いてくれている。


「私、本当に幸せだあ……」


 迷惑を掛けることは本意ではないが、それでも嬉しいことには変わりない。

 体調が悪くて辛いはずなのに、それがどうでも良くなるほどの幸せが心を満たしていく。


「ふふっ。もしかしたら、一番の薬は怜なのかも」


 苦しさよりも多大な嬉しさを感じながら、ふとそんな風に思ってしまった。

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