第311話 友情崩壊ゲー
「あっ、良いカードが手に入った」
桜彩が手にしたのは通常一つしか回せないサイコロを複数個使えるようになるカード。
それも複数回使用可能。
単純に目的地へと到達出来る可能性が高くなる良カードだ。
「うわ、良いな、それ」
「ふふん。羨ましいか」
羨ましがる怜を横目に、その腕の中で桜彩は満足げに胸を張る。
次の怜のターンが終わり、その次の蕾華のターンで蕾華が別カードを使って桜彩のカードを強奪する。
「あっ……!」
良いカードを即座に奪われた桜彩がむっ、と可愛く蕾華を睨みつける。
「蕾華さん!」
「いやだってさ、そんなカード入ったら当然強奪するでしょ。サーヤトップなんだし」
そもそもこれはそのようなことをするゲームであり、蕾華の言うことは間違ってはいない。
そして運も多大に影響するこのゲーム、現在のトップはなんと桜彩だ。
「そうそう。これってこういうゲームだからな。ってわけで、次はコイツだ」
次に陸翔が別カードを使って桜彩を遠くまで飛ばしてしまう。
「あっ!」
現在の目的地は鹿児島。
四人共既に九州には入っていたのだが、そこから蕾華と陸翔、二人による連続攻撃により桜彩がなんと東北地方まで飛ばされてしまった。
しかも貧乏神を付けたままで。
「うぅ……。で、でももうすぐ誰かがゴールするだろうし、次の目的地が東北とか北海道とかだったら私が一番有利になるし……」
だがそのような事をこの三人が許すつもりはない。
「ってわけでさ、桜彩が九州に戻って来るまで誰もゴールしないように調整するってことで紳士協定結ぼうぜ」
と怜が桜彩にとって恐ろしい提案を上げる。
当然ながら陸翔と蕾華もニヤッと笑って怜の提案に賛成する。
「おっ、それ良いな! オレは乗った!」
「あ、アタシも賛成! サーヤ、ごめんね!」
「えっ、ええっ……!?」
東北にいる桜彩が九州まで戻ってくるにはいくらかのターンが必要となる。
それまでの間、桜彩は毎ターン貧乏神からの攻撃を受けなければならない。
持っている物件を勝手に売られたり、どうでもいいカードを超高額で勝手に買ってきたりとその嫌がらせは多岐に渡る。
「うぅ……怜、酷い……」
涙目になりながら後ろを向いた桜彩が、背中を預けている怜を睨む。
「まあこれは真剣勝負だからな。俺も最下位になりたくないし」
例え相手が想い人だからと言って手を抜くことはしない。
というか、先ほど怜も桜彩に遠くのマスまで飛ばされたばかりだ。
ちなみに陸翔と蕾華も結構ガチガチに妨害し合っている。
「むーっ! この恨み、忘れないからね! 後で絶対にやり返してやる!」
「いや、そもそも先に攻撃を仕掛けたのは桜彩だからな!」
なんというかもう『友情崩壊ゲー』の名に恥じぬ戦いになってしまっている。
そこから数ターン、桜彩が東北から急いで戻って来るまでに三人は必死に九州の物件を買ったりアイテムを溜めたりしていた。
そしてようやく桜彩が九州に入る直前、山口の辺りまで戻って来た所で――陸翔が目的地の鹿児島にゴールした。
これにより陸翔は到着ボーナスをがっぽりと貰うことが出来る。
「っておい陸翔、紳士協定破るんじゃねえ!」
「そうだよりっくん! まだゴールしちゃダメでしょ!?」
協定では桜彩が九州に戻って来るまでは誰もゴールしないという取り決めだった。
しかしまだ桜彩はまだ中国地方であり九州まで到達していない。
その為怜と蕾華は抗議するが、逆に陸翔は
「うるせえ! 蕾華だってさっき協定破ってたじゃねえか!」
「そうそう。蕾華が怒る資格はない」
「いや、それ言ったられーくんだって! そもそもターンの順番ではサーヤの次にれーくんがサイコロ振るんだからさあ、その取り決めだとれーくんが一番有利だよね」
(チッ……)
作戦を蕾華に読まれていたことで、心の中で怜が舌打ちする。
蕾華の言う通り、怜がサイコロを振るのは桜彩の次。
よって桜彩が九州に入った次の順でゴールする予定だったのだ。
このように仲の良い四人は傍から見たらその中の良さなど一切感じられないような真剣さで相手との駆け引きを繰り広げて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
他にも貧乏神から不定期で出題される四択クイズで
「怜、袋田の滝ってどこだ?」
「えっと、確か茨城だな」
陸翔の問いに怜が即答する。
スマホなどを用いて検索するのは萎えるから禁止だが、こうして他のプレイヤーに確認するのは問題ない。
「分かった。つまり茨城以外の三つってことか」
「いや待て! なんでそうなる!」
「お前のその答えをそのまま信じるほど馬鹿じゃねえ! ってわけで、徳島だ!」
怜の答えを聞いて徳島を選択する陸翔。
しかし画面には『不正解』の文字。
間違えた代償として貧乏神により罰金を奪われてしまう。
「ちょっ……!」
「ほら見ろ、人を信じないからだ」
ちなみに今回怜の答えた茨城は正解である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
怜に貧乏神が取り憑いた状態で迎えたターン。
サイコロを振り目的地に向かってマスを進む。
「あっ……! 貧乏神がグレードアップしやがった!」
ゲーム終了の数ターン前、ターン終了後の貧乏神の変化を見た怜が青ざめる。
そしてこれがこのゲーム最大の敵、貧乏神のグレードアップだ。
終盤になるとランダムで貧乏神がグレードアップして、プレイヤーに更なる恐怖を与えて来る。
それはこれまでの所持金や物件を一瞬でゼロどころかマイナスまで持って行くことも珍しくはない。
そして蕾華、陸翔とターンが終了して桜彩がサイコロを振る。
「おっ……これでゴールか。助かった」
桜彩の出したサイコロの目は、桜彩が丁度目的地へと到達出来る数だった。
これにより桜彩はゴール、そしてこのグレードアップした貧乏神は、現在目的地から一番遠いプレイヤーである陸翔へと自動的に移動することになる――はずだった。
「えっと、それじゃあここ!」
「えっ!?」
桜彩が進んだ先のマスを見た怜の目が驚愕する。
「ってちょっと桜彩? そこはゴールじゃ……」
なんと桜彩はゴールを選ばずに、その周辺のマスへと移動してしまった。
「よっしゃ! さやっちナイス!」
「えっ!? なんで!?」
貧乏神を擦り付けられず喜ぶ陸翔と対照的に驚く怜。
そんな怜に対して、桜彩はにっこりと悪魔の笑みを浮かべて振り返る。
「え? なんでって、怜、さっき私にしたこと忘れてないよね?」
「え、えっと……それは…………」
どうやら先ほど怜の行った行為に対する報復というようだ。
「ふふふっ。貧乏神のイタズラ、充分に楽しんでね」
「…………」
絶句してしまう怜。
この次のターンで怜がトップを獲るか他のプレイヤーに接触しない限り、このグレードアップした貧乏神のイタズラが発動してしまう。
祈るような気持ちでサイコロを振るが、出た目は二。
どう頑張っても他のプレイヤーに接触することは不可能。
これにより暫定二位だった怜は一瞬にしてダントツの最下位へと転落してしまった。
「ふふふっ、残念だったねえ。人を呪わば穴二つ、だよ」
勝ち誇った顔をして後ろを振り返る桜彩。
「…………。よくもやってくれたな」
目の前に座る桜彩を恨みがましげに見るが、そんな怜に対して桜彩は得意げに勝ち誇る。
対照的に怜は悔しさで顔を歪ませる。
「これで怜の最下位はほぼ確定だよね。ふふっ、そんな顔をしたってダメだよ…………ひゃっ!」
あまりの悔しさに無言で桜彩の脇腹をぷにっと押す。
くすぐったかったのか桜彩は変な声を上げて先ほどとは違いキッと怜を睨む。
「れーいー!?」
それに対して『何もしていないよ』と言った表情で明後日の方を向いてとぼける怜。
しかしそれがまずかった。
桜彩から目を離してしまった為、桜彩の次なる行動への対処が遅れてしまう。
「お返しだ! こちょこちょこちょこちょ!」
「わっ……!」
怜に背を預けたまま、桜彩の両手が怜の脇腹へと伸びてくすぐってくる。
くすぐりには特に弱い怜。
加えて以前の経験からか、桜彩は的確に怜の弱点を突いていく。
「よくも! やったなあっ!」
「ごめっ……! ひゃぉっ……! 許し……てっ……!」
「許すわけが! ないよ! ねえっ!」
「ひゃああああぁぁぁぁぁぁっ…………!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ねえ、アタシ達のこと忘れてない?」
「忘れてるよなあ」
ちなみに隣の親友二人はため息を吐きながら二人の姿を撮影していた。




