第310話 ゲーム開始前のイチャイチャ
(や、ヤバい、集中出来ない……)
テストプレイを始めて早十分、怜の心臓はバクバクと高鳴ったまま一向に収まる気配を見せない。
何しろ怜の目の前には桜彩が座って背中を預けてくれている。
片想い(実際は両想いだが)の相手がそのような事をしている状況で、冷静さを保てという方が無理だろう。
ゲームが表示されているテレビ画面は桜彩の肩越しから見ることが出来るのだが、少し視線を動かせば桜彩の色っぽいうなじが目に飛び込んでくる。
先ほど桜彩の髪のセットを変えたということもあり、時間を掛けて丁寧に編み込まれた今の桜彩の髪型では普段隠れているうなじが完全に露わになっている。
(目が離せない……)
ゲームに集中しようとするのだが、ふとしたことで視線がそちらへと吸い寄せられてしまう。
加えて体全体で感じる桜彩の体温や体の柔らかさ。
小さな息遣いや香り。
視覚、触覚、聴覚、嗅覚と味覚以外の五感が桜彩の存在を伝えて来る。
(こ、これは拷問か……!?)
いや、もちろんこうして桜彩を感じられることは幸せではあるのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方で桜彩の方も
(うぅ……こ、これ、集中出来ないよぅ…………)
何しろ背を怜に預けて抱きしめられているのに近い状況だ。
片想い(実際には両想いだが)の相手にそのような事をしている状況で、冷静さを保てという方が無理だろう。
ゲームが表示されているテレビ画面は正面を向けば見ることが出来るのだが、少し視線を下げればそこには自分の体の左右から回された怜の両手がコントローラーを握っている。
それがより一層抱きしめられている感を出している。
(目が離せないよぅ……)
普段から繋いでいる手。
いつも優しく自分に触れる手に視線が吸い寄せられてしまう。
加えて体全体で感じる怜の体温や逞しさ。
小さな息遣いや香り。
視覚、触覚、聴覚、嗅覚と味覚以外の五感が桜彩の存在を伝えて来る。
(こ、これ、どうすれば良いの……!?)
いや、もちろんこうして怜を感じられるのは幸せではあるのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
もちろん親友二人の方はそんな怜と桜彩をニヤニヤとしながら眺めている。
せっかく二人共恋心を自覚したのだ。
このまま一気に畳みかけるつもりである。
「あ、蕾華。クッキーくれ」
蕾華を抱えたまま座っている陸翔はソファーテーブルの上に置かれたクッキーを取ることは出来ない。
その為蕾華に取ってもらうように頼む。
「うん。はいりっくん、あーん」
ソファーテーブルに置かれた大皿の上から蕾華がクッキーを一枚摘まむ。
そしてそれをそのまま後ろへと差し出して
「あむっ…………うん、美味いな、これ」
「あ、それじゃあアタシにもお願い。はいりっくん」
一度摘まんだクッキーを陸翔へと手渡し、それを陸翔が蕾華の口まで運ぶ。
「あーん」
「あーん…………美味しいね、これ」
蕾華の場合、素直に自分で摘まんで食べれば良いだろう。
しかしあえて陸翔に一度クッキーを渡してそのまま食べさせてもらうという行動に出た。
普通のカップルでは、いや、世間一般的にバカップルと言われる者達でさえ、ここまではしないのではないだろうか。
それほど自然にいちゃつく二人。
見ている方が恥ずかしいとはこのことだろう。
怜も桜彩もこの親友二人を恥ずかしそうに見つめている。
その視線に気付いた蕾華が
「あれ、れーくんもクッキー食べたそうだよね。ほらサーヤ、食べさせてあげて!」
と煽っていく。
当然ながら桜彩はそれに載せられてしまう。
クッキーを一枚摘まんでそっと後ろに座る怜へと差し出す。
「はい、あーん……」
「あ、あーん……」
あーん、での食べさせ合いなどもう何度もやっている。
しかしこうしてシチュエーションが違うだけで、また新たな新鮮さを感じて照れくさくなってしまう。
「ど、どう……?」
「お、美味しい……」
「そ、そう、よ、良かった……。そ、それで、ね……あの……」
おずおずと何かを期待するような目で桜彩が見上げて来る。
当然怜も桜彩が何をして欲しいかは言葉にされるまでもなく理解している。
身を乗り出してクッキーを摘まんで桜彩へと差し出す。
その際に、より桜彩と密着して鼓動が跳ね上がったのをバレないように冷静さを保とうと努力する。
「はい、あーん……」
「あーん……うん、美味しい……」
「そ、そっか。良かったよ……」
「う、うん……」
そのまま赤い顔のまま見つめ合ってしまう。
「ねえ、次、サーヤの番だよ」
その蕾華の声で現実へと引き戻される二人。
画面の方へと目を向けて見れば、すでに陸翔と蕾華の二人の順番は終わっており、次は桜彩がサイコロを振る番だ。
「あ、ご、ごめん……。す、すぐに振るね。あっ……」
「焦らなくても大丈夫だって」
慌ててコントローラーを操作した桜彩に蕾華がにっこりと笑いかける。
どうやら平常心を取り戻せるのはまだ先のようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
テストプレイが終了し、いよいよ本番がスタートとなる。
抽選の結果、蕾華、陸翔、桜彩、怜の順でサイコロを振っていくことになった。
最初の順番である蕾華がサイコロを振ろうとして、何を思ったのかふと一つの提案してくる。
「ねえ、せっかくだから罰ゲーム有りにしない?」
「「え?」」
怜と桜彩はそれに驚くが、一方で陸翔は肯定的に
「良いな、それ」
と蕾華に賛成した。
「でしょ? れーくんもサーヤも大丈夫だよね?」
「いや、罰ゲームって」
「えっと、それは……」
ただ楽しくゲームをやるだけでは駄目なのか。
そんな怜の視線を受けた蕾華が不満げな視線を返しながら
「えー、だってさ、普通にやっても緊張感ないじゃん」
「そうそう。まあ別に罰ゲームっていっても遊び程度なら問題ないだろ?」
「まあ……」
「う、うん……。それで、罰ゲームって?」
一口に罰ゲームと言ってもその内容次第だ。
すると蕾華は目を光らせてその内容を告げて来る。
「それじゃあ最下位の人が優勝者の言うことを一つだけ聞いてあげるってことで!」
「あ、良いなそれ!」
即座に追従する陸翔。
「え? いや、それは……」
「ちょ、ちょっと……」
「はいけってーい! それじゃ、スタートッ!」
いきなりのことに慌てる怜と桜彩だが、それを待つ蕾華達ではない。
怜と桜彩の返事を聞くまでもなく、すぐにサイコロを回す。
これで怜と桜彩は抗議する暇を与えられず、うやむやのまま罰ゲーム有りでの開始となってしまった。
親友として蕾華のことは信用しているが、だからと言ってロクでもない命令をしてこないとも限らない。
最初から勝つつもりでプレイするつもりではあったが、これでより負けられなくなってしまった。
他三人も同様であり、ここから仲の良い四人は『泥沼の友情崩壊ゲーム』へと突入していく。




