第304話 同じベッドで眠りましょう
「お……お……おな……同じベッドって……………………」
当たり前のように告げて来た蕾華の提案に怜が言葉を失ってしまう。
当の本人は『何か問題ある?』とでも言いたげに首を傾げている。
チラリと横を見ると桜彩も固まってしまっている。
「そ……そ……それって、わ、私と怜が一緒に…………」
ギギギ、とブリキのようにゆっくりと桜彩がこちらの方へと顔を向けてくる。
当たり前だがその表情は信じられないと言ったように驚愕に染まっている。
「い、いやいやいや、何言ってんだよ蕾華!」
慌てて再起動した怜が二人の思いを代弁する。
「そ……そう……だよ…………。さ、さすがにそれは、ま、まだ早…………う、ううん、な、何でもない!」
桜彩も慌てて否定しようとするのだが、その途中で変なことを口走りそうになって大慌てて首をブンブンと横に振る。
「で、でも、そ、そうだよね……。それは、ねえ……」
「あ、ああ……。それは、なあ…………」
二人で顔を見合わせたまま、何とも言えないように呟き合う。
「え? どうして? 何か問題でもあるの?」
二人の返事にむっ、と不満げな顔を向ける蕾華。
とはいえ怜としてもそのような顔をされるいわれはない。
むしろ何で問題が無いと思うのか。
「いやいやいや、さすがにそれはまずいだろ! 仮にもその、年頃の男女が……」
「そ、そうだよ!」
「何がまずいの?」
「い、いや、何って……その…………」
「う…………」
蕾華の問いに怜と桜彩が言葉に詰まってしまう。
「まあ二人の言いたいことも分かるぜ。だけどよ、さやっち。さやっちは怜のことを信用してるだろ?」
「そ、それはもちろん。信用しないわけが無いけど……」
それはもうずっと前から信用している。
あの日、不審者騒動の夜に、初めて怜が桜彩の部屋で一晩を過ごすことになった。
その時も一晩中桜彩の側にいて、不埒な行為など一切働かなかった。
というよりもそんな怜だからこそ、桜彩も好きになったのだが。
「怜だってそうだろ?」
「それはそうだけどな……」
むろん怜とて寝ている桜彩に不埒な行いをするつもりはない。
しかし怜とて(これでも)思春期の男子だ。
何しろ好きを自覚した相手がすぐ隣で寝ている。
いくら『精神的不能』とかありがたくないあだ名を頂戴しているとて、色々と考えてしまうことはある。
「それにさ、同じ部屋にアタシとりっくんだっているじゃん。ほら、何も問題なんて無いでしょ?」
逃げ道をどんどんと封じられている気がする。
桜彩の方はもう顔を真っ赤にして俯いてしまっている。
そしてそんな桜彩の状態をこの二人が見逃すことは無かった。
当然ながら冷静さを失った桜彩に追い打ちを掛けるように煽っていく。
「ねえ、サーヤ。れーくんと一緒のベッドで寝るのって嫌?」
「そ、そんなことはないよ!」
慌てて桜彩が大きな声で否定する。
もちろん嫌だなんてことがあるわけがない。
むしろ先ほど口から出かかったように、将来的にはそのような未来だって――
「ほら、サーヤがこう言ってるんだよ? れーくん、何か問題でもあるの?」
「いやだからな……」
「それともれーくんの方が、サーヤと一緒のベッドじゃ嫌なの?」
「え…………?」
蕾華の言葉に桜彩が不安げな瞳で見つめて来る。
当然ながら怜としても桜彩と一緒のベッドで寝ることが嫌なわけが無い。
むしろ大好きな相手が横で寝ることになるのだ。
緊張こそすれど、むしろ怜にとってもそれは望むところで――
「えっと……怜、怜は、その、私とじゃ嫌……?」
不安げな瞳のまま悲しそうな表情で問いかけて来る。
「まさか! 桜彩と一緒が嫌なわけないだろ」
「そ、そっか。う、うん、あ、ありがと…………。よ、良かったぁ…………」
怜の言葉に安心した桜彩が胸を撫で下ろす。
言葉の最後の方は怜の耳には届かなかったのだが、それでも桜彩が安堵しているのは良く分かる。
「ほらほら。れーくんもサーヤと一緒に寝たいって。だったら良いでしょ? ねえサーヤ、れーくんと同じベッドで寝よ?」
怜の言葉を(わざと)拡大解釈して蕾華が桜彩をさらに煽る。
こうなると桜彩の行動はもう決まって
「う、うん……。そ、その、怜、い、一緒に、ね……寝る…………?」
両手を胸の前でぎゅっと握りながら、おずおずと上目遣いでそう問いかける。
加えて親友二人からの無言の圧力。
今の怜の状態を的確に表現するのであれば四面楚歌という言葉が有力か。
当然ながらこうなると怜の返事はもう一つしかない。
「わ、分かった……。そ、それじゃあ桜彩、一緒に、寝る、か……?」
顔を真っ赤にして桜彩へとそう問いかける。
「う、うん……」
桜彩も真っ赤な顔のまま、小さくコクリと首を縦に振る。
それを見て親友二人は顔を見合わせて小さくガッツポーズをした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
怜の寝室へと来客用の布団を二組み敷いて就寝の準備は完了だ。
「そ、それじゃあ、桜彩…………」
「う、うん…………」
二人でゆっくりとベッドへと歩いて行く。
別にやましいことなど一切無い。
ただ文字通り二人で一緒に寝るだけ。
なのに心臓がバクバクとうるさいくらいに大きな音を立てている。
そしてついに二人がベッドへと到達した。
そこで足を止めてお互いに向き合ってしまう。
「それじゃあ……」
「うん……」
怜がゆっくりとベッドへ横になると、桜彩もおずおずと隣に横になる。
陸翔と蕾華もそれぞれベッドの脇に用意された布団に入った。
「それじゃあ電気消すぞ」
「う、うん……」
枕元のリモコンで部屋の照明を消すと部屋の中が真っ暗になる。
窓から多少なりとも星明りは入ってくるものの、目が慣れるまでには時間が掛かるだろう。
そんな中、怜と桜彩の耳にはすぐ隣で横になっているお互いの吐息がダイレクトに届く。
繋がれた手からお互いの体温が伝わってくる。
(ほ、本当に桜彩が隣で寝てるんだよな……)
(ほ、本当に怜の隣で寝ちゃってるんだよね……)
初デートのプラネタリウムで隣同士で横に寝転んだことはある。
しかしあれはあくまでもスクリーンに浮かぶ星を見る為。
こうして寝る為に横に並ぶのは当然ながら初めてだ。
「そ、その……怜、まだ起きてる……?」
「あ、ああ……。起きてるよ……」
小さな声でおずおずと問いかけてくる桜彩に、怜も小声で返事を返す。
むしろそう簡単に眠れるわけが無い。
「そ、そうだよね……。ま、まだ電気消したばっかりだもんね……」
「そ、そうだな……」
しばらくすると、冷たくなっていた布団が一肌により温まって来たのを感じる。
(こ、これ、桜彩の体温で……)
(お、お布団が少し温かく……)
(お、俺、今夜寝られるのか……?)
(め、目が冴えちゃって眠れないよぅ……)
大好きな相手と一緒にベッドに入っている。
その事実が二人から眠気を奪ってしまう。
ふと横を向けば、少しばかり暗闇に慣れてきた目にお互いの顔が映って即座に赤くなってしまう。
幸いにもこの暗さではそこまでは相手に分からないだろうが。
「き、緊張するね……」
「そ、そうだよな……。た、ただ一緒に寝てるだけなのにな……」
二人が寝付くまでにはまだ時間が掛かりそうだ。
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