第301話 風呂上がりのケアを桜彩の手で
「お風呂上がったよ」
風呂から上がった怜がリビングへと戻るとエアコンにより冷やされた冷たい空気が熱を持った体を冷ましてくれる。
冷風を感じながら三人の方を見ると、顔を合わせて何やら楽しそうに話をしていた。
「あ、怜!」
風呂上がりの怜を見て、すぐさま桜彩の顔がほころぶ。
それを見た親友二人もニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「お風呂、どうだった?」
「もう最高だったよ。バスオイル、とっても気持ち良かった」
「ふふっ、良かった!」
自分の用意した物を気に入ってくれたことが嬉しいのか桜彩が満面の笑みでそう答える。
実際にバスオイルだけではなくシャンプーやボディーソープ、トリートメント含めて本当に最高だった。
「はい。冷たいお茶」
「お、ありがと」
席に座ると先ほどのラテアートとは違っていつものお揃いのカップに冷えたルイボスティーを用意してくれる。
こういった心遣いがありがたい。
一口飲むと冷たいお茶が喉を潤してくれる。
「お風呂、本当に気持ち良かったよ」
「良かった。あれ、私のお気に入りなんだ。それを怜が気に入ってくれて嬉しいな」
嬉しそうにクスリと笑いながら桜彩が笑顔を向けて来る。
「あれを知っちゃうと、もういつもの風呂に戻れないかもな」
「ふふっ。これから毎日準備してあげるね」
「やった。日々の楽しみがまた一つ増えた」
もう本当に普通の風呂には戻れなくなるかもしれない。
それほどに気持ちの良い風呂だった。
「くんくん……。あっ、もしかしてボディーソープとかも使ってくれた?」
風呂上がりだからかボディーソープの香りがまだ残っているようで、桜彩が鼻を鳴らしながら聞いてくる。
「ああ。桜彩の使ってるのも良いよな。ありがと」
「どういたしまして。ふふっ、怜、良い香りしてるよ」
にっこりと笑顔を近づけながら匂いを嗅いでくる桜彩。
さすがに少しばかり恥ずかしい。
「それじゃあ次は桜彩が入ってくれ。俺は簡単に入浴後のケアしてるからさ」
「あっ、そうだ。それならケア用品も私の使ってみる?」
「え?」
「うん。それが良いね! ってわけでほら、私が手伝ってあげるから早く座って座って!」
怜の返事を聞く前に席を立った桜彩が、楽しそうに先ほど持ってきたケア用品をテーブルへと置く。
「いや、自分でやるって。桜彩は風呂に入ってきなよ」
さすがに肌のケアを桜彩にしてもらうのは恥ずかしい。
が、それを聞いた親友二人は即座に目配せをして
「あ、それならアタシが先に入るね。サーヤはれーくんのケアを手伝ってあげて」
と即座に蕾華が桜彩の援護をする。
そして返事を聞く前に着替えやタオルを持って浴室の方へと向かって行った。
桜彩が目を輝かせて怜の前にずいっと顔を近づける。
「それじゃあ怜。ケアしよっか」
「ん。それじゃあお願いするよ」
怜としてもさすがにもうここまでくれば折れるしかない。
もちろん桜彩にケアされるのが嫌というわけではなく、ただ単に恥ずかしいだけだ。
そんな怜の返事を聞いて桜彩は嬉しそうに化粧水を手に取り怜の顔へと近づけていく。
「それじゃあ怜。目を閉じて」
「ん」
怜が目を閉じると顔に桜彩の手が触れて来る。
毎日のように握っている桜彩の手が、指が、顔のいたるところを撫でていく。
それがなんとも言えずに心地好い。
「怜、どう?」
「ああ。桜彩の手、とっても気持ち良い」
「え?」
桜彩の質問に正直に答えたところ、驚いたような声と共に桜彩の手が止まる。
不思議に思い目を開けると、目の前の桜彩が驚いたような、恥ずかしいような表情で固まっていた。
「どうかしたのか?」
「あ、えっとね……、その、どうって聞いたのは化粧水の事だったんだけど……」
「え……あ…………」
それを聞いて怜の顔も恥ずかしさで真っ赤に染まる。
あまりの気持ち良さに気を抜いていた為に、化粧水の感想を答えるべきところで桜彩の手の感触の感想を答えてしまった。
「う、うん。でも、怜が気持ち良いって言ってくれて嬉しいな……」
嬉しさをかみしめるように、先ほどまで怜の顔を触っていた手を見つめる桜彩。
そして再びその手を怜の顔へと近づけて来る。
「ありがとね。それじゃあ続き、するね……」
「あ、ああ。お願い……」
「うん……」
恥ずかしそうにはにかみながら、桜彩が怜の顔にマッサージするように優しく化粧水を塗り込んでいく。
怜は顔を真っ赤にしながら桜彩の指と化粧水の感触に身をゆだねていった。
「それじゃあ次はクリームだね」
化粧水が終わったので、次はクリームでの保湿だ。
楽しそうにクリームを手に取って再び怜の顔へと近づける桜彩。
先ほどと同じく桜彩の手や指が顔のいたるところを撫でるようにクリームを塗りこんでくる。
いつも自分でケアする時と違った気持ち良さを感じるのは、クリームの違いによるものか、それとも塗ってくれている桜彩によるものなのか。
おそらくはその両方なのだろう。
しばらくして桜彩がクリームを塗り終える。
「うん。ありがと」
「どういたしまして。あ、私の使ってるやつどうだった? やっぱりいつも自分で使っているものの方がいい?」
おずおずと桜彩が問いかけてくる。
「いや、自分で使ってるのも良いけどさ、今桜彩にやってもらったのも中々良いよ」
「ふふっ。良かった。もしかしたら怜には合わないんじゃないかって塗り終わった時に思っちゃって」
「それは無いって。だっていつも桜彩が使ってる物だろ?」
「え?」
怜の言っている意味が分からない、というように桜彩がきょとんとした顔を向けて来る。
「だってさ、俺は桜彩を毎日見てるけど、いつも桜彩の肌も髪もとっても綺麗だからさ。だから桜彩の使ってる物なら信じられるよ」
「あ…………。う、うん、ありがとね…………」
怜の言葉を聞いた桜彩が驚き、そして一拍遅れてその顔に笑みが広がる。
(怜……、私の肌とか髪が綺麗だって……! ふふっ、嬉しい…………!)
慌てて下を向いて顔を隠してしまう桜彩。
思いがけないタイミングから来た怜の褒め言葉にまだ風呂に入っていないのに桜彩の顔がほんのりと赤く染まる。
(お母さん、葉月……。ありがとね……!)
大好きな母や姉に教わりながら長く続けてきた風呂上がりのケア。
それが思わぬタイミングで実を結んでくれた。
「……桜彩?」
下を向いてしまったことを心配してか怜が言葉を掛けてくる。
「あ、あのね。実はこのお風呂グッズとかって葉月が選んでくれたんだ」
自分の顔が緩んでいることを自覚している為に、あえて少しばかり話題を逸らして平常心を取り戻そうと試みる。
「そっか。うん、さすが葉月さんだな。ただでさえ強い桜彩の魅力をより一層輝かせるって」
「う…………、も、もぅ…………」
桜彩としてはもういい加減にして欲しい。
これ以上褒められたら、もう年頃の女子が決して人前に見せられない顔をしてしまいそうだ。
いや、もうそんな顔をしているのかもしれないが。
そんな二人から蚊帳の外に置かれた陸翔は、当然のごとく二人の様子をスマホのカメラで映像として残していた。




