第298話 誕生日の夕食
「それじゃあかんぱーい!」
「「「乾杯」」」
蕾華の合図に四人でグラスを掲げて乾杯する。
いつもよりだいぶ遅めの夕食、というか夜食のスタートだ。
テーブルの上にこれでもかというほど並んだ料理を四人で食べていく。
「うん。これ美味しいな」
「でしょ? 結構評判のお店なんだから!」
どうだ、というようにドヤ顔を向ける蕾華。
だがそれも納得出来る味だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
食べている途中で桜彩が贈ったプレゼントの話題になった為、ソファテーブルから食事に使うテーブルへとデジタルフォトフレームを移動させた。
そこに表示されるのは怜と桜彩、二人が出会ってからこれまでの軌跡。
様々な写真を見ながら四人で盛り上がっていく。
「良いじゃん。さやっちのプレゼント」
「ああ。最高のプレゼントだよ」
陸翔の言葉に怜がグラスを置いて嬉しそうに顔を緩める。
丁度そこには四人でのバーベキューの写真が映されていた。
「これからここに映す写真の数もどんどん増えて行く予定だからな」
「うん。あ、そうだ。もちろん今日のダブルデートの写真もね」
怜の言葉に桜彩が笑顔で同意する。
先ほど交わした『これからもここに映る写真を増やしていこう』という約束。
大好きな相手と共に歩んでいく約束。
「差し当たっては、今の四人の写真も撮るか」
「あ、賛成! 蕾華さんと陸翔さんは?」
「もちろんオッケーだって! なあ蕾華!?」
「聞くまでもないでしょ! 撮ろっ!」
キッチンにスマホを置いて、そこからテーブルが映るように角度を調節する。
そしてタイマーをセットして、四人一緒にテーブルを囲む。
パシャッ
数秒後、スマホから聞こえてきたシャッター音が、写真が撮れたことを伝えて来る。
「どう? どう?」
一刻も早く見たいという桜彩が怜のスマホを覗きこんでくる。
そこには四人が仲良く食卓を囲んでいる姿が表示されていた。
「うんっ! 良く撮れてるよ!」
「れーくん! それ送って!」
「ああ。今送る」
四人のグループメッセージへと今しがた撮ったばかりの写真を送る。
「しっかし今日一日でも結構撮ったよなあ」
陸翔の言葉に四人で頷く。
遊園地ということでシャッターチャンスは数多かった。
四人がスマホで撮った写真は全てグループで共有されている。
「ああ。これらも後でメモリーカードに入れるよ」
「うんっ。楽しみだなあ」
「まあアタシとりっくんだけの写真は入れなくても良いかもだけど」
デジタルフォトフレームは怜の私物ということで、四人一緒ならともかく陸翔と蕾華だけの写真は少しばかり場違いだ。
ちなみに蕾華のその理屈で言えば怜が写っていない写真、つまるところ桜彩が単独で写っている写真もそうであるべきなのだが当然それを言うことは無い。
当然ながら怜も桜彩も、桜彩が単独で写っている写真がこれに映されることに何の疑問も抱いていない。
無意識のその思考に蕾華と陸翔は揃って苦笑する。
「来年も、再来年も、何年経ってもこうやってお祝いしたいね」
「もちろん桜彩の誕生日もな」
「ふふっ。ありがとね」
そう言って二人で笑い合う。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方親友二人はデジタルフォトフレームの写真を見ながら顔を見合わせて
「…………っていうかさあ、あれ、ほとんどれーくんとサーヤのツーショットばっかだよね」
「…………だよな。二人一緒に写ってない方が少ないよな」
「…………しかもさ、全部二人でくっついてるし」
「…………恋人フォルダかな?」
などと呆れながら眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あれだけ大量に用意された食事は全て四人のお腹の中に収まった。
当然ながら桜彩も多くの量を食べており、それを見た怜は(やっぱり食うルだよな)なんて思ったわけだが、もちろんそれは口には出さなかった。
そして食後のデザートはもちろんバースデーケーキ。
部屋の電気を消して薄暗くなったところで陸翔と蕾華が朝にリュミエールで買って来たバースデーケーキが運ばれてくる。
その上には怜が桜彩の誕生日に用意したのと同じ『1』と『7』のナンバーキャンドル。
「「「ハッピーバースデー 怜、(れーくん)」」」
三人からの祝福の歌が終わったところでキャンドルの炎にふーっ、と息を吹きかけて消す。
少し遅れて陸翔が部屋の電気を点けたところで、室内は先ほどまでの明るさを取り戻した。
「ありがとう。みんな」
怜のお礼に三人が揃って笑い合う。
「それじゃあ切っていくか」
親友二人が買って来たのは小さめのホールケーキ。
さすがにこのまま四人で食べるわけにもいかないので、台所からケーキナイフを持って来る。
そして綺麗に四等分したそれを小皿の上に載せてそれぞれの前へと置く。
「「「「いただきます」」」」
挨拶をして怜がケーキを一口大に切り分けようとフォークをケーキに伸ばす。
「あ、ちょっと待った!」
せっかくのバースデーケーキを食べようとしたところでなぜか蕾華からストップがかかった。
手をとめてポカンとした表情で蕾華の方を見る。
隣の桜彩も訳が分からずに手をとめている。
「どうしたんだ?」
「どうしたってさあ、れーくん、まさかそのままケーキを食べるつもり?」
「は……? いやまあフォークで切り分けてから食べるつもりだけど」
さすがに四等分されたホールケーキにそのままフォークを突き立てて口へと運ぶつもりはない。
質問の意図が分からずに首を傾げる怜。
しかしそんな怜に蕾華は落胆したような表情を作って口を横に振る。
「何言ってるの。今日はれーくんの誕生日なんだからさ。ほらサーヤ、食べさせてあげて」
「「えっ!?」」
つまりは桜彩が怜に『あーん』で食べさせろということだ。
これまでに何度もあーんで食べさせ合ってはいる。
しかしついさっきお互いへの恋心を自覚したこの二人にとって、それは新たな羞恥となってしまう。
もう慣れたはずなのだが、まるで初めて『あーん』をした時の気持ちが胸に蘇って来てしまう。
「ほらほら。もう何度もあーんってしたんだからさ!」
「そうそう。ほらさやっち。怜に食べさせてあげろって」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら二人を焚き付ける親友二人。
「う、うん……。そ、それじゃあ……」
桜彩が自らのケーキを一口大に切り分けて、最近の慣れた感じとは違い、おずおずと怜の方へと差し出してくる。
「れ、怜……。あーん……」
「あ、あーん……」
怜がゆっくりと口を開けると、桜彩がケーキを食べさせてくれる。
「ん……。美味しい」
はたしてこれが美味しいのはリュミエールのケーキだからなのか。
それともこうして桜彩に食べさせてもらっているからなのか。
おそらくはその両方だろう。
「そ、そっか。良かった……」
安堵したように胸を撫でる桜彩。
「そ、それじゃあ今度は俺の番だな」
「え……?」
ポカンとする桜彩に対し、今度は怜がケーキを切り分けて桜彩の前へと差し出す。
「桜彩、あーん……」
「え? で、でも、今日は怜の誕生日なんだし……」
「別に誕生日だからされるだけってわけでもないだろ」
「で、でも……」
「そ、それにさ、なんだか俺も桜彩に食べさせてあげたいって思ったから……」
大好きな桜彩に『あーん』で食べさせてもらう、大好きな桜彩に『あーん』で食べさせてあげる。
両方とも怜にとっては幸せなことだ。
「だ、ダメか……?」
「う、ううん。ダメなんかじゃないよ……」
大好きな怜に『あーん』で食べさせてあげる、大好きな怜に『あーん』で食べさせてもらう。
もちろん桜彩にとってもそれは同様にとても嬉しい。
「そ、それじゃあ……」
桜彩の許しが出たところで再度桜彩の前へとケーキを差し出す。
「あーん……」
「あ、あーん……」
桜彩がゆっくりとそれを口に咥えてもぐもぐと食べる。
「う、うん。美味しい……」
はたしてこれが美味しいのはリュミエールのケーキだからなのか。
それともこうして怜に食べさせてもらっているからなのか。
おそらくはその両方だろう。
「そ、それじゃあ次は私の番だね。はい、怜。あーん……」
「あーん」
交互に食べさせ合っていく二人。
「ん……。こうして桜彩と食べさせ合うのって、やっぱり良いな……」
「うん……。私も」
恋を自覚した相手と食べさせ合うことの幸せ。
それを満喫しながらクスリと笑い合う。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな二人を見ながら親友二人は
「なんかもうお腹いっぱい。胸やけしそう」
「だよな。ブラックコーヒー欲しいぜ」
呆れたように呟いてしまう。
「とりあえずアタシ達も食べよっか。はいりっくん、あーん」
「あーん」
こうして二組のバカップルは一回たりとも自分の口にケーキを運ぶこと無く、バースデーケーキを食べ終えた。




