第293話 エピローグ③ ~プレゼントと未来の約束~
「本当にありがとな、桜彩。凄く素敵なプレゼントだったよ」
サプライズで淹れてくれたラテアート。
猫の絵が本当に可愛らしくて飲むのがもったいない出来だった。
それを作ってくれたのが、大好きな桜彩だというのだから喜びもなおさらだ。
「桜彩、ああいうの作れたんだな」
感心したように呟く怜。
怜はこれまでにラテアートを作ったことは無い。
とはいえ多少なりとも知識は持っている為に、あれが少し練習した程度で出来る物ではないことは分かっている。
それを、怜の知る限り料理とは縁の遠かった桜彩が一人で作ったのだから驚くのも無理はない。
「うん。実はね、お母さんがああいうの好きで、実家でたまに作ってたんだ」
「なるほど。そういうことか」
桜彩の母である舞はイラストレーターとしても活動していると言っていた。
もしかしたらそういった所も関係しているのかもしれない。
「だからさ、少し前に実家から色々と送ってもらったんだ。久しぶりだったから自分の部屋で何回か練習したけどね」
少し恥ずかしそうに告げてくる桜彩。
(俺の為にわざわざ……)
自分の為に何度も練習して作ってくれた。
それが本当に嬉しく胸が温かくなってくる。
「そっか、ありがとな」
「ふふっ。どういたしまして」
「それじゃあまた今度淹れてもらおうかな」
「うんっ。任せて!」
怜の言葉を受けて桜彩が嬉しそうに微笑む。
「あっ、でもあのハニージンジャーミルクも捨てがたいんだよな」
思い出したように呟く怜。
風邪を引いた時に作ってくれた桜彩特製のハニージンジャーミルク。
あれも怜にとっては大好物で、このラテアートとどちらを取るかは悩みどころだ。
「ふふっ。まあ今は例外だとしてもさ、コーヒーはあんまり夜飲むのはお勧めしないからね。だからラテアートの方は手間も考えれば休日のお昼になるかな」
「分かった。それじゃあ差し当たっては明日だな。楽しみにしてるよ」
今日は土曜日。
ということは明日は日曜日、休日ということであり再び桜彩が作ってくれるということだ。
「うんっ。明日はまた別の絵を描くからね。楽しみに待ってて」
「ああ。今からもう待ち遠しいな」
「ふふっ」
二人で笑い合い、カップの残りを飲んでいく。
そしてカップが空になったところで桜彩がソファーから立ち上がる。
「片付けは俺がやるぞ」
「あ、ううん。その、ね……。怜、まだもう少し座っててくれないかな?」
「え? いや、まあそれはかまわないけど……」
「あ、ありがとね。そ、それじゃあ片付けちゃうね。そ、それとさ、キッチンの方を向いちゃダメだからね」
「え、また?」
「う、うん」
そう言って桜彩はお盆にカップとソーサラーを載せて一度キッチンへと戻って行った。
桜彩の意図するところが分からずに首を傾げる。
少しすると蛇口から水が出る音が聞こえてきたのだが、その音もすぐに止まる。
おそらく単にカップを濯いだだけだろう。
すると数秒後、パタパタと少しばかり速足で近づいて来る足音が耳に響く。
そして先ほどと同じように桜彩が怜の隣へと腰掛けた。
「お、お待たせ……」
「あ、ああ」
なぜか先ほどから桜彩の様子が変だ。
何か落ち着かないというかなんというか。
すると桜彩は背後に隠していた両手を前に出し、持っていた袋を怜へと差し出してきた。
紙袋はとても丁寧にラッピングされており、つまりこれは――
「れ、怜……。こ、これ。誕生日プレゼント!」
「え……?」
一瞬どういうことか分からずに呆気にとられてしまう。
プレゼントと言われても、先ほどとても素敵なラテアートを貰ったばかりだ。
あまりのことに思考が追い付いていかない。
「で、でもさ、さっきラテアート貰ったし……」
「あ、あれはさ、その、誕生日のサプライズ。っていうか、もし怜の誕生日が今日じゃなかったとしても多分作ったと思うし」
「で、でも……」
「そ、それにさ……。そんな事言ったら私の誕生日の時だって怜にお料理作ってもらった上に、エプロンまで貰ったでしょ? だからさ、これも貰って欲しいな」
「桜彩……。良いのか?」
「う、うん……。そ、その為に買ったんだから」
「あ、ありがと。それじゃあ……」
驚きと感動で胸の内の整理が出来ないまま桜彩が差し出した包みを受け取る。
「そ、それじゃあ、開けてみても構わないか?」
「う、うん……」
確認すると、桜彩は不安そうな目で見つめてくる。
とはいえ桜彩が自分の為に選んでくれた時点で中身が何であろうと嬉しいことに変わりはない。
丁寧に包みを開けて行くと、中から出てきたのは――
「これ、デジタルフォトフレーム?」
「う、うん……。ほら、私も怜も結構写真撮るでしょ? だからこういうのがあっても良いかなって」
桜彩からのプレゼントは写真データを気軽に観ることの出来るデジタルフォトフレーム。
両脇には猫と犬の模様が描かれており、動物好きの怜としては好みに完全にストライクだ。
「わあっ! これ、本当に素敵だな! うん、ありがとう、桜彩!」
「ふふっ。どういたしまして」
怜の返答に嬉しそうに笑みを浮かべる桜彩。
(う、うん。気に入ってくれて良かった)
怜が本当に気に入ってくれたようで、桜彩は胸を一撫でする。
蕾華にアドバイスを貰いながら、怜が本当に喜んで貰えるものを探した。
自分の誕生日の時に、とても素敵なエプロンを貰った。
出来る事ならばあの時に自分が感じた喜びを怜にも感じてもらいたかった。
蕾華からは『れーくんなら絶対に気に入ってくれるって!』と太鼓判を貰ったのだが、やはり本人が確認するまでは本当に不安だった。
だからこそ、こうして怜が喜んでくれている姿がとても嬉しい。
それが(これを買う時には気が付いていなかったのだが)『好きな人』に渡すプレゼントなのだからなおさらだ。
(ふふっ。怜、あんなに嬉しそうな顔で喜んでくれて。うんっ! 頑張って選んだかいがあったなあ)
むしろこうして喜ぶ怜を見ることが出来たのが、桜彩にとってのサプライズプレゼントになってしまっている。
(こっちこそありがとうね、怜)
「でも良いのか? これ、結構高かったんじゃないのか?」
プレゼント自体は嬉しいのだが、とはいえその為に高額なお金を桜彩に使わせてしまったのなら申し訳ない。
しかし桜彩は怜の言葉に首を横に振って
「ううん。これはそんなに多機能ってわけじゃないし」
「あ、そうなのか?」
「うん」
無線通信や動画、音楽再生などの機能は備わっていない為に、そこまで大した金額でもない。
「それにね、これ、実は私が初めてアルバイトで稼いだお金で買った物なんだ」
「ええっ!?」
その言葉に怜がさらに驚く。
桜彩がアルバイトをしていたなど、近い所にいた自分ですら全く気が付いていなかった。
そんな怜に桜彩は少し苦笑して
「まあ、アルバイトって言うか、正確にはリュミエールでちょっと望さんのお手伝いをしただけなんだけどね」
「そっか……。うん、本当にありがと」
「ふふっ。どういたしまして」
「それじゃあさ、さっそくこれ使ってみて良いかな?」
「うんっ! もちろん!」
データを入れずに飾るだけとなっては流石にもったいない。
さっそくこれにデータを入れて写真を映したい。
「それじゃあちょっと待っててくれ。データ移してくるから」
このフォトフレームはメモリーカードを差し込めばそこに入っているデータが画面に出力されるタイプだ。
これまでの写真データはパソコンの中に保存されている為に、そこからメモリーカードへと移せばいい。
そう思って立ち上がろうとした怜だが、それを桜彩が押しとどめる。
「待って、怜。データもほら、用意したんだ」
そう言って小さなケースに入ったメモリーカードを差し出してくれる。
本当に準備万端で頭が下がる。
「ありがと。それじゃあ早速使ってみるぞ」
「うんっ」
電源の準備をしてメモリーカードを差し込む。
本体を少し操作すると、すぐに写真が表示された。
「あっ、映った!」
「うんっ!」
そこに表示されていたのは四月の始業式の日、放課後桜彩と共にリュミエールを訪れた時の写真。
あれからまだ三か月程度しか経っていないのに、もう今の自分には桜彩がいない生活は想像出来ない。
陸翔や蕾華と過ごした昨年一年間ももちろん楽しかったのだが、それ以上にこの三か月は本当に楽しかった。
「この時はお互いにまだ固かったよな」
「まあね。でも出会ったばっかりだししょうがないよ」
当然ながら当時は出会って数日、一緒に写真を撮ることもなかった。
二人一緒に写真を撮ったのはその少し後。
そのまま数枚の写真が流れた後で、ディスプレイに『それ』が映る。
「あっ、これ見てこれ!」
初めての二人でのツーショット。
怜のトラウマを解決する為に二人で訪れた猫カフェ。
猫を抱えた二人が仲良く一緒に映っている。
他にも初めてのカラオケやリュミエールでのツーショット。
バーベキューの時の陸翔や蕾華を含めた四人での写真。
初めてのデート。
これまでに撮ったたくさんの写真が表示される度に、桜彩との思い出が蘇ってくる。
「ははっ」
「ふふっ」
思わず二人で笑い合う。
そして――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これからもここに映る写真を増やしていこう」
怜が隣でフォトフレームを眺めている桜彩にそう告げると、桜彩もゆっくりと頷いてくれる。
「うん。これからも一緒にね」
そっと右手の小指を差し出すと、恥ずかしそうにしながら桜彩がそれに自らの指を搦めてくる。
これから先、未来の約束。
(やっぱり俺、桜彩のことが好きだ)
この大切な初恋の相手と共に歩んでいく約束をしながら、怜はこれまでの思い出を眺めていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これからもここに映る写真を増やしていこう」
桜彩がフォトフレームに映る写真を眺めていると、隣にいる怜が優しい視線を向けてきていた。
それに一瞬驚いて、そして同じように優しい視線で怜に頷く。
「うん。これからも一緒にね」
怜から差し出された右手の小指に、恥ずかしそうにしながら自らの指を搦める。
これから先、未来の約束。
(やっぱり私、怜のことが好き)
この大切な初恋の相手と共に歩んでいく約束をしながら、桜彩はこれまでの思い出を眺めていった。
お読みくださりありがとうございました。
以上で第五章は完結となります。
完結と謳いましたが、一応この後に番外編として数話投稿する予定ではあります。
よろしければ感想等頂けたら嬉しいです。
『仲良くなっていく展開が遅い』『気付くのが遅すぎる』『各イベント一つ一つが長すぎる』『ダイエットとか球技大会とか必要だったか?』 とかでも構いません。
あと、出来ればで構いませんので、恋心を自覚する流れについても感想等頂けたらと思います。
また、面白かった、続きが読みたい等と思っていただけたらブックマークや評価、各話のいいねを下さると嬉しいです。
要求ばかり多くてすみません……
何はともあれ、ようやく二人が恋心を自覚するところまで来ました。
(当初のプロットでは第二章の終わりに気付かせるはずだったのですが)
第六章では、これまで近い距離で生活をしていた二人が恋心を自覚したことによる関係の変化、それに伴う親友二人の奮闘などを書いていければと思います。
後書きは以上となります。
第六章でもよろしくお願い致します。




