第290話 デートの後、それぞれの思い
陸翔と話をしたことにより怜の心は随分と軽くなった。
後ろで話をしている桜彩と蕾華の方を見ると、どうやらそちらもちょうど話が終わったようで蕾華が立ち上がる。
「うん。こっちの話は終わったよ。りっくんとれーくんの方も一段落したいみたいだし、そろそろ帰ろっか」
蕾華の提案に素直に頷く。
そして蕾華につられて後ろを振り向いた桜彩と目が合った。
(う…………)
とたんに顔が熱くなってしまうのが分かる。
陸翔と話をしたとはいえ、桜彩のことを好きだと自覚したことに変わりはない。
それでも顔を逸らさず桜彩の顔を見続ける。
桜彩の方も赤くなった顔でこちらの方を見続ける。
「ほら怜、さやっち。行こうぜ」
「あ、ああ……」
「う、うん……」
陸翔の声で桜彩共々我に返って席を立つ。
「桜彩」
「ん……」
右手をそっと桜彩の方へと差し出すと、桜彩の左手が重ねられる。
その手をしっかりと握って歩き出す。
(い、今更ながら、俺達ってこんな恥ずかしいことやってたんだよな……)
初デートの時からもう何度も繋いだ桜彩の手。
こうして桜彩のことが好きだと自覚すると、とたんに恥ずかしく思えてくる。
(お、俺、こんな幸せな事、当たり前のようにやってたんだよな…………)
ふと桜彩の方へと視線を向けると、桜彩が赤い顔のまま微笑を返してくれる。
そんな桜彩と手を繋ぐという幸せを感じながら帰路に就く。
その一方で桜彩の方も
(怜の手、大きくて温かくて……)
繋いだ左手から怜の体温が伝わってくる。
初デートのプラネタリウムで初めて繋いだ怜の手。
繋ぎたいという理由だけで繋いだ時は、本当にドキドキした。
それから何度も手を繋いだ。
教室で皆から隠れて内緒で繋いだこともあった。
ただ手を繋ぐことにはもう慣れてしまっていたはずだが、今こうして怜のことを好きだと自覚した今、当時と同じように心臓がドキドキする。
(わ、私、こんな素敵なことを、当たり前のようにやってたんだよね…………)
ふと怜の方へと視線を向けると、怜が赤い顔をしてニコリと微笑んでくれる。
そんな怜と手を繋ぐという素敵な想いを満喫しながら帰路に就く。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあオレ達は一旦ここで別れるぜ」
「うん! 二人は先に戻っちゃっててね」
陸翔と蕾華は夕食、というか時間的には夜食のテイクアウトを予約している為、二人とは一度別れることになる。
怜も桜彩も一緒に行くと言ったのだが、二人には丁重に断られてしまった。
「サーヤ! 頑張ってね!」
別れる直前、蕾華が桜彩の前を読んで親指をぐっと立てて何かの合図をする。
それを受けた桜彩も何やら緊張しながらうんうんと頷いている。
「何かあるのか?」
「う、ううん……。ま、まだ内緒……」
怜がそう尋ねると桜彩からはそんな曖昧な返答が返ってくる。
とはいえまだ内緒ということは、裏を返せばあとで教えてくれるということだろう。
であればここで無理に聞き出す必要も無い。
「それじゃあ先に帰ってるからな」
「うん。それじゃあまたね」
そう言って桜彩と共に二人でアパートへの道のりを歩き出す。
当然手はしっかりと繋いだまま。
とはいえ桜彩への好意を自覚してから、どうにも会話が続かない。
観覧車から降りた後、二人で話した会話はほとんどないだろう。
いつもの二人からすれば考えられないことだ。
「い、いったい何を買って来るんだろうな……?」
会話のとっかかりを探して、当たり障りのないことを口にする。
「う、うん……。私も何を予約したのかは聞いてないから……」
桜彩の方もまだ少し赤い顔を上げて答えてくれる。
「でもさ、普段の夕食は俺達二人で作ってるだろ? こうして誰かが買って来たご飯を食べるって中々無いよな」
「うん。それにどこかで外食したことは何度かあったけどさ、今日みたいに外で買ってきて家で食べるってのは初めてかも」
「そういえばそうだな」
「でしょ? これも初めての体験だし嬉しいな」
話はじめてみると先ほどまでの空気が弛緩していつものように笑顔が戻って来る。
「それとさ、さっき蕾華さんが言ってたことだけど」
「蕾華が言ってたこと?」
「うん。あのさ、アパートに着いて着替えたらすぐに怜の部屋に行くって言ったでしょ?」
「ああ。それがどうかしたのか?」
怜も桜彩も今日は初めてのダブルデートと言うこともあり、いつもの服装とは違って少しばかり気合が入っている。
とはいえ帰った後は怜の部屋で四人で過ごすだけなので、肩肘張らずにいつものラフな格好で過ごすつもりだ。
「そのね、ちょっと準備があるから遅れると思うんだ」
「準備?」
「うん。それでね、蕾華さんと陸翔さんが戻って来るまでの時間、私に貰えるかな?」
少し不安そうにおずおずと桜彩が口にする。
「ああ。それはかまわないけど……」
「そっか。ふふっ、ありがとね」
怜の返事に桜彩が気を良くして笑う。
その笑みにいったい何があるのかと思ったが、それはその時のお楽しみということにしよう。
そして二人は仲良く話しながらアパートへの道を歩いて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ねえりっくん。さっきのれーくんとの話、聞かせてくれるんだよね?」
「もちろん。蕾華の方もさやっちとの話、聞かせてくれるんだろ?」
怜と桜彩と別れた後、陸翔と蕾華は夜食を取りに行く道すがらニコニコと笑みを浮かべながらそのような会話をする。
おそらく相手の会話の内容は自分の思っている通りだろう。
一度足を止め、既に確信している答え合わせを前に二人はコクリと頷く。
「怜がついに桜彩っちのことを自覚したぞ」
「サーヤがついにれーくんへの想いを自覚したって」
相手の回答は、正に自分が考えていた通りの物。
そして、自分達が長らく待ち望んだこと。
潜在的両想いである二人が、ついに自分の中にある気持ちに気が付いた。
それを知って二人の顔にこれ以上ない喜びが浮かび上がる。
そして
「よっしゃあああっ!」
「やったああっ!」
お互いの右手同士を掲げて全力でハイタッチを敢行した。
一瞬遅れて手から鈍い痛みが響いてくるが、そんなものはこの際どうでも良い。
それを遥かに上回る嬉しさが二人の胸に込み上げてくる。
「やっと、やっとだぞ!」
「うん! 長かったあ!」
ゴールデンウィーク前から二か月以上が経過して、ついに気が付いてくれた。
これまでの努力を思い出し、実に感慨深い。
「それで、れーくんがサーヤのことを好きって言ったの?」
「いや、実はな、その言葉を最初に伝える相手はさやっちが良いって」
「えっ……? 実はサーヤの方も、その事を最初にれーくんに伝えたいって言って、好きって言葉は使わなかったよ」
「…………」
「…………」
お互いに真顔で向き合ってしまう。
そして
「ははははははは!」
「あはははははは!」
全力で笑い合う。
「まさかそこまで一緒なんてな!」
「うん! 本当に仲良いよね!」
ここまでお似合いの二人はそうはいないだろう。
おかしさと嬉しさが混ざり合い、心の底から笑ってしまう。
「それじゃあ後は、二人が早くそれを伝えられるように頑張るか!」
「うん! 差し当たってはこの後だね!」
大切な親友二人がその想いを相手に伝えることが出来るように頑張る。
陸翔と蕾華の二人はそう決意して、予約した夜食を取りに向かった。
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