第286話 観覧車の中で思い出話と次の約束を
怜と桜彩を載せたゴンドラが徐々に地面から遠ざかっていく。
つまりはこれから約十五分、このゴンドラ内は怜と桜彩が二人きりということである。
「と、とにかく座ろうか」
「そ、そうだね……。す、座ろう……」
ずっとこのままゴンドラの中に立っているわけにもいかないので慌てて向かい合って二人で腰掛ける。
観覧車に乗る前のやり取りもあって、こうして二人にされるとなんだか気恥ずかしい。
それは桜彩も同じなのか、チラチラとこちらを見てすぐに視線を外されてしまう。
すると二人のスマホが同時に震えた。
それぞれ確認すると、そこには四人のグループメッセージに蕾華からのメッセージが表示されている。
『ごめんね でもりっくんと二人で乗りたかったから』
メッセージを見てその内容に二人で苦笑する。
陸翔と蕾華が恋人同士なのは事実なので、それならば頷く以外の選択肢はない。
「まあ、そういうことならしょうがないよな」
「うん。しょうがないよね」
二人でクスリと笑い合う。
「ふふっ。でも思いがけず私達も二人で乗ることになっちゃったね」
「そうだな。でもさ、四人で乗るのも楽しかっただろうけど、こうして桜彩と二人で乗るのも楽しいな」
「ありがと。うん、私もそう思うよ。蕾華さんや陸翔さんと一緒に乗るのも楽しいだろうけど、こうやって怜と二人で一緒に乗るのも楽しいな」
そう言って再び顔を合わせて笑い合う。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
怜と桜彩のゴンドラが離れた後、陸翔と蕾華は次のゴンドラへと乗り込み、少し先を行く怜達のゴンドラへと視線を向ける。
「これであの二人、もうちょっと意識してくれるかな?」
「どうだろうなあ。でもまあここ最近、あの二人はお互いにちょっとずつ意識はしてるからな。何かのきっかけで好きだって気持ちに気付いてくれるかもよ」
「だと良いんだけどね。普通はとっくに気付くはずなんだけどね」
「普通はなあ……」
蕾華が陸翔と一緒に乗りたいから、と言ったのはもちろん嘘だ。
いや、まるきり嘘というわけでもないのだが、一番の目的は怜と桜彩を二人きりで観覧車に乗せる為である。
観覧車のゴンドラという狭所に二人きりで十五分。
ゆっくりと高く昇りながら夜景(周囲もそこまで暗くなっているわけでもないが)を眺める。
このシチュエーションで、お互いがお互いをもっと意識させることが出来ればとの思いだ。
「ホント、もうそろそろ自分の気持ちの正体に気が付いても良いんだけどね」
「怜とさやっちだからなあ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、見て見て! ほら、あれさっき乗ったコーヒーカップ!」
外を指差しながら桜彩がはしゃぐ。
「あれ、桜彩が全力で回してたよな」
「う……だ、だって、操作が良く分からなかったんだもん……」
コーヒーカップに乗った際(当然怜と桜彩の二人で)、中央のハンドルに興味を持った桜彩が勢いよく回したおかげで二人の座るカップは最高速度で回転した。
それによりカップから降りる際に桜彩が目を回してそれを怜が支えるということになった。
もちろんそれも良い思い出の一つなのは間違いない。
「あ、あそこ。桜彩が思いっきり悲鳴を上げた場所だ」
「うー……も、もう……」
ジェットコースターの一部分を指差すと、桜彩が赤くした顔を恥ずかしげに伏せてしまう。
そしてわずかに顔を上げて可愛らしく目を吊り上げて睨んでくる。
「それは言わなくてもいいから!」
「あははははっ」
ぷくーっ、と頬を膨らませて睨んでくる桜彩。
そんな顔も可愛らしくて、つい怜の顔が緩んでしまう。
それを見た桜彩もぷっ、と吹き出して二人で笑い合う。
「それなら怜だって――」
「桜彩も――」
今日一日の思い出に楽しく華を咲かせる。
二人で笑い合いながら園内のいたるところを指差して思い出を語っていく。
気付けば二人を乗せたゴンドラはもう大分高所まで昇っていた。
こうして周囲を見ても、今の二人より高い建造物は近くに無い。
もうこの高さだと今日一日遊びまわったキサラギパークのほぼ全容が目に入る。
「ふふっ。こうしてみると広いよね」
桜彩も同じことを思っていたのか園内を見渡しながら怜と同じような感想が漏れる。
いくら夏は日が長いとはいえもう夜に差し掛かっている為に、園内も大分暗くなってきた。
とはいえ街頭やアトラクションの燦々と輝く光源によりどこに何があるかは良く分かるし、これはこれで昼とは違って印象深い光景だ。
「そうだな。この辺りで一番大きなパークってこともあって随分と広いよな」
「うん。でもさ、私達、今日一日で色々な所に行ったよね」
「ああ。こんなに広いのに、多くの所へ行ったよな」
「うん。いろんな所で遊んだよね。でもどこに行っても本当に楽しかったあ」
「俺も。一つ一つのアトラクションも楽しかったし、みんなで話しながら移動するのも楽しかったよ」
「それは私もだよ。もう最初から最後まで常に楽しかったなあ」
広い園内ということで、移動距離もそこそこある。
一応園内バスも利用してはいたのだが、それでも歩いた距離は結構長いだろう。
とはいえそれによる疲労など忘れるくらい、今日は本当に楽しかった。
「また、一緒にここに来ような」
「あ……。うん。一緒に来ようね」
気が付けば怜の口から漏れていた言葉に桜彩が笑顔で頷いてくれる。
「まだ乗ってないのもあるしな」
「うん。スワンボートなんかも乗りたいよね」
「スケートリンクだってあるしな」
「うん。でも私、スケートはやったこと無いんだ。怜、教えてね」
「もちろん」
未来の約束。
再びこの場所に一緒に来る。
そう誓い合う。
「あ、でもさすがに優先券は難しいかな」
「うん。さすがにね」
今回の優先券はあくまでもシスターズからのプレゼント。
一般的な金銭感覚を持つ二人がそう簡単に購入できるようなものではない。
でも――
「でもさ、私は怜と一緒ならなんでも楽しいよ。例え今日とは違って乗り物の列に並ぶのだって楽しいと思う。そうでしょ?」
「もちろん。これまでだって桜彩と一緒ならなんでも楽しかったんだからな」
それは今日の出来事に限らずだ。
二人が出会ってからいくつもの楽しい出来事がたくさんあった。
リュミエールでケーキを食べたり、家庭科部でマドレーヌを作ったり、猫カフェに行ったり、二人で歌ったり――
そしてそれはこれからもずっと続いていくのだろう。
この先ずっと、この目の前の大切な相手と同じ時間を過ごしていく。
その未来を確信している。
「これからも、ずっと一緒に楽しいことをしようね」
「ああ。これからもずっと一緒にな」
初デートの時に誓い合ったその言葉通り、これからもずっと一緒に。
そう言って二人で笑い合い、外の夜景を楽しむ。
次回投稿は月曜日を予定しています




