第283話 おんぶと膝枕
バンッ
「うおっ!」
「わっ!」
「げっ!」
安心したタイミングを見計らったかのように、通路の壁から無数の手が伸びてくる。
青白く生気の感じられない手はそれでいて所々に血痕が付着していおり、陸翔、蕾華、怜の三人はまたしても驚いて声を上げてしまう。
そして残る一人の桜彩は
「ひゃあああああああああっ!!」
これまた先ほどに勝るとも劣らない大きな悲鳴を上げて再び怜に抱きついて来る。
「お、落ち着いて、桜彩! も、もう引っ込んだから」
「ほ、本当に……?」
怜の胸にうずめていた顔をおそるおそる上げて周囲を確認する桜彩。
だが
バンッ
「きゃああああああああああああ!!」
手の大軍が壁から再登場してしまい、再び桜彩が怯えながら怜に抱きついて来る。
「ま、また……」
「と、とにかく先に進もう!」
「ううっ……こわいよぅ……」
「あ、安心してくれ、桜彩。目は閉じてても良いから。俺の手を掴んでても良いから」
優しく桜彩へ言葉を掛けるのだが、桜彩は目を閉じたまま怜の胸に押し付けた顔を横に振る。
「も、もう、無理…………」
そう言うと同時に思い切り掴まれていた怜の腕から力が抜けていく。
「う……うぅ……やだよぅ……」
「大丈夫だよ」
怖さが限界突破した桜彩を優しく支える。
「俺が側にいるから。桜彩を一人になんてしないから」
「あ……」
両手を桜彩の背後に回して抱きしめるようにすると、やっと安心したのか顔に生気が戻って来る。
これでやっと落ち着きを取り戻してくれたようだ。
「怜……ありがとね………‥」
「そりゃあさすがに今のは驚くよな。仕方ないって」
「うん……。あれ…………?」
そう言って桜彩が怜に支えられて言える体を自分の力だけで立とうと――
「あれ……? ど、どうして……?」
どうやら驚きすぎて足に力が入らないようだ。
となれば怜に取れる選択肢は二つだけ。
一つは以前に桜彩が足を捻った際にしたお姫様抱っこ。
とはいえこのお化け屋敷でそれは動きにくいだろう。
なので選択肢は自然と残る一つの方となる。
「桜彩」
一度桜彩の体を蕾華へと預けて、桜彩に背を向けてしゃがむ。
「ほら」
「え……」
「このままじゃ歩けないだろ?」
「う、うん……。だけど……」
「ほらサーヤ。れーくんがこう言ってるんだから」
遠慮がちに戸惑う桜彩に蕾華が背を押すように声を掛ける。
それで踏ん切りがついたのか、遠慮がちに桜彩が怜の背へと体を預ける。
すると当然ながら、桜彩の胸部の大きな柔らかいふくらみが、薄い夏服を通して怜の背中へと押し付けられるわけで。
腕に抱きつかれている時よりもさらに密着度が増したそれだが、今のこの状況ではそのようなことなど意識の外。
ゆっくりと桜彩の手が首に回されたのを確認して立ち上がる。
「それじゃあ先に進むか。怖いなら目を閉じていても良いから」
「うん。ありがとね」
桜彩を後ろに背負ったまま先へと進んでいく。
「ふふっ。怜の背中、温かくて気持ち良い……」
その後、お化け屋敷の各種仕掛けについては目を閉じていた為か、これ以上桜彩が怯えることにはならなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お化け屋敷を出た後、手近なベンチを見つけて桜彩を座らせる。
陸翔と蕾華は飲み物を買って来ると言って少し前に離れて行ったので、今は桜彩と二人きりだ。
怜も隣に腰掛けると背もたれへと背を預けて一息つく。
「怜、ありがとね」
「気にしないで良いって」
「うん。でもなあ、また怜に変な所見られちゃった……」
そう言って桜彩が肩を落とす。
「別に気にしないで良いって」
「うぅ……。でも、なんか情けなくて……」
「お化けを怖いと思うのなんて別に変な事じゃないだろ」
「そ、そうかもしれないけどさ……。でも、出会ってからずっと怜に情けないとこばっか見られてるなって……」
「それこそ気にしないで良いって。別に情けないなんて思ってないし」
桜彩に言った通り、お化けに恐怖を覚えるのは別におかしくもない。
それこそ先ほどは桜彩より年上であろう三人の女性も大いに怯えていたのだから。
あれを笑顔で楽しめる蕾華の方がおかしいのではないかとも思う。
「むしろ俺にはそういった所を普通に見せてくれて良いって。俺達の前で遠慮は無用、だろ?」
「そ、そうだけど、そうじゃないっていうか……」
ぼそぼそと消え入りそうな声で呟く桜彩。
本当に気にしなくても良いと思うのだが。
「それよりさ、気分の方はどうだ?」
「あ、うん。もう大分良くなってきたかな。怜の背中にいた時からなんだか安心出来てきたからさ」
「そっか。それなら良かった。……あっ、そうだ」
「え?」
不思議そうな顔をする桜彩の肩を軽く掴んで自分の方へと体を倒させる。
午前中にやったのと同じ、いわゆる膝枕だ。
「え? れ、怜……?」
再度困惑する桜彩に対し、顔を赤くした午前中とは違い笑顔のままゆっくりと答える。
「ジェットコースターの時もそうだったし、横になってた方が休まるだろ? 二人が戻って来るまでこうしてろって」
「あ……。で、でも、私はもう平気だし……」
「まあそうかもしれないけどさ。でもまだまだ時間はあるだろ? これから遊ぶ為にちゃんと休んでおけって」
お化け屋敷は昼食後の第一弾であり、まだまだ遊園地でのダブルデートは終わらない。
だからこそ、これからを楽しむ為にもここでしっかりと体力を回復しておくべきだ。
「うん、分かった。ありがとね。それじゃあ少しだけこうしてるね」
「ああ。好きなだけ構わないぞ」
「ふふっ。ありがと」
そう言って桜彩は安らかな顔で怜の膝へと頭を預ける。
そんな桜彩の頭をゆっくりと撫でる怜。
「あっ……ふふっ。気持ち良い……」
「そっか。それじゃあもっと……」
そうして桜彩の頭を撫で続ける。
「あ、そうだ。ねえ怜、ちょっと頭下げてくれる?」
「え? こうか?」
桜彩に言われた通りに頭を下げると、そこに優しい感触を感じる。
膝枕された状態のまま、桜彩が頭に手を伸ばして撫でて来た。
「桜彩?」
「ふふっ。ほら、初デートの時にこうやったでしょ?」
初デートでお互いがお互いの膝枕で昼寝をして、その状態で二人で頭を撫で合ったことを思い出す。
「そうだな。それじゃあほら……」
当時のことを思い出しながら空いている左手を桜彩へと差し出すと、桜彩も空いている左手で手を握ってくる。
「ははっ」
「ふふっ」
そして桜彩を膝枕したまま、お互いの左手を繋いだまま、お互いの右手でお互いの頭を撫で合った。




