第26話 二人のルールと手作りのプリン
すみません。
読み返していたら、26話と27話の間のエピソードが抜けていた為
26話の後半に追記しています。(2023年12月24日 追記)
食後は約束通り、桜彩に洗い物について教えた。
桜彩の服装は汚れても問題のないものなのだが、だからといって積極的に汚しにいくのもなんなので怜のエプロンを貸している。
「ストップ。まずは汚れの少ないものから洗っていこう」
「は、はい」
最初からホイコーローを盛った皿を洗おうとした桜彩を止める。
怜の言葉に桜彩は皿をシンクの端に寄せ、ルイボスティーを淹れていたコップから洗い始める。
「油の付いている物を洗う時は、まずお湯である程度排水口に落としてからにしよう」
「はい」
「それと洗剤はスポンジに付けた後、ちゃんと泡立てる事」
「泡立てるのですか?」
「ああ。泡立てることにより表面積が増えて、洗剤と汚れの接触面積が増えるからな」
「分かりました」
そんな感じでたまに怜のアドバイスを受けつつも洗い物を片付けていく桜彩。
桜彩にアドバイスを送りつつも、怜はコンロに霧吹きを吹きかけていく。
「光瀬さんは何をしているのですか?」
「コンロの油汚れ対策だよ。重曹を水に溶かした重曹水を吹き付けて少しの間放置してからキッチンペーパーで拭くだけである程度は綺麗になるからな」
「そうなのですか?」
「ああ。油汚れには重曹が一番だ。まあ汚れがひどくなったら本格的にやるけど日常的にはこれで充分だな」
桜彩が洗い物を終えるタイミングで怜もコンロの上をキッチンペーパーで拭くと、ホイコーローを作る際の汚れが簡単に落ちていく。
それを桜彩が横から驚いたように見ていた。
「それでは光瀬さん、エプロンをお返ししますね」
そう言いながら桜彩は怜のエプロンを脱いでいく。
怜のエプロンはたすき掛けではなく首掛けタイプの着用方式なので、桜彩が首紐から首を抜く時にその長い髪をかき上げるようにする。
その際に一瞬覗いた桜彩のうなじに妙な色っぽさを感じてしまい、怜の心臓がドキリとする。
「はい。ありがとうございました」
「ああ」
内心の動揺を顔に出さないようにして、桜彩からエプロンを受け取る。
そしてある意味ここからが本日の用件だ。
「それでは光瀬さん、お願いします」
「分かった」
そう言って二人はそのまま桜彩の部屋へと向かう。
先日、桜彩の部屋に入った際に、怜の目から見て色々と突っ込むべき箇所があったのでその対策の為だ。
「一応念の為に確認するけど、俺が入っても大丈夫なんだよな?」
「はい。何度も言いますが、光瀬さんの事は信用していますので」
そう言ってくれるのは嬉しいのだが、もう少し疑ってもいいのではないかと思う。
自分でそう考えるのもなんだが。
「ってそうじゃなくて、見られたくない物とかはないのかなと……」
先日、桜彩の部屋へと入った時に軽く室内を見たのだが、その時は特にそういった物はなかったはずだ。
しかし、あの時はキッチン以外は流し見した程度で今とはシチュエーションが違う。
世の大半の男性が女性に見られたくないものを持っているように、女性として男性に見られたくないような物もいくつかあってもおかしくはない。
まあ怜や陸翔、蕾華の三人の関係では特にそんなこともないのだが。
「いえ、大丈夫ですよ。先ほど帰ってから少し片づけましたし、衣類もちゃんと箪笥に入っています」
「分かった。それじゃあお邪魔するよ」
「ふふっ、お邪魔ではありませんよ。むしろ今回も私が助けてもらう立場ですので」
そうにっこりと微笑みながらドアを開けて中へと入っていく桜彩に怜も続いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
確かに桜彩の言う通り、リビングは片付いていた。
心配しすぎたかなと軽く胸を撫で下ろす怜。
「それじゃあやっていこうか」
「はい!」
そう言って腕まくりをする桜彩。
怜も先ほど桜彩から返してもらったエプロンを着用する。
「まずはシンクからだな」
幸いなこと、と言っていいかは分からないが自炊をしたのがつい先日の一回だけ、ということもありシンクはそこまで汚れていない。
それでも朝の一件があった為、怜はシンクを洗い直す。
もちろん排水口のごみ受けも含めて。
それが終わると放課後に桜彩と共に買いに行った物の中から三角コーナーと水切りネットを取り出してシンクの片隅に設置する。
「渡良瀬、生ごみが出たらここに入れてくれ。そしてある程度水が切れたら密封型のごみバケツの中へとすぐに入れること」
「は、はい!」
虫、というかゴキブリが苦手な桜彩が緊張した面持ちで返事をする。
怜は桜彩ほど苦手というわけでもないのだが、もちろんいない方が良いに決まっている。
「ですが、これからは光瀬さんの家でご飯を食べるのですよね? それでしたら生ごみは出ないのでは?」
「いや、休日の昼とかはまた別だろう。それに俺が体調を崩したりすることもあるかもしれないしな」
「……そうですね。そう言われればそのような可能性もありましたね」
少し考えてから『あっ』と気付き、残念そうに言う桜彩。
怜が今朝言ったのは朝食と夕食を共にする、というだけだ。
桜彩の脳内ではそれが毎食、という風に変換されていたのだろう。
残念そうな桜彩の顔を見て、少し思案してから怜が口を開く。
「……まあ、休日の昼も暇だったら二人分作るのもやぶさかじゃない」
「え?」
怜の言葉に桜彩は驚いて顔を上げる。
「いや、まあ、あくまでも俺が家にいる時だぞ。休日は俺も外に出ることが多いからな。だからあくまでも俺が家にいる時だけだ」
照れくさそうにそう言葉を続ける。
「……良いのですか?」
「一人分も二人分も大して変わらないって言ったろ? それに俺だって一人で食べるよりも俺の料理を美味しいって言ってくれる相手と食べる方が幸せだからな」
「…………ふふっ。ありがとうございます、光瀬さん」
「ああ」
そんな感じで二人はキッチン周りの片付けを進めていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「じゃあ、ルールを決めるか」
再び怜の家のリビングに場所を移して二人での話し合いを始める。
これからある意味共同生活ともいえる感じの生活を送ることになるわけで、その際にトラブルを防ぐ為にも先に色々と決めておいた方が良い。
そんなわけで大まかルールを決めてしまう。
食材の費用は桜彩が七割の負担すること。
その代わり、光熱費は怜が全額負担とする。
休日の昼食や個々で食べる場合は事前に連絡すること。
朝食の準備は六時半、夕食は十八時半から開始する。
食べたいメニューがある時は早めに言うこと。
怜が個人的に作りたいと思った時は、怜が全額負担する。
という六つのルールを作った。
少し揉めたのは材料費の割合で、光熱費は怜が全額負担する分、食材の費用は桜彩が多めに出すという事までは二人とも納得していた。
怜としては桜彩が六割でも問題ないと主張したのだが、料理を教えてもらう以上、その分を多めに出すと桜彩が譲らなかった。
その分最後のルールを追加して、怜が個人的に作りたい物、具体的なことは桜彩には言わなかったが食後のデザート等は怜が全額負担することにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあルールも決まったことだし一休みしようか」
そう言って怜が冷蔵庫からプリンを取り出す。
例に漏れずこれも怜の自家製だ。
「これも光瀬さんが作ったのですね」
市販品とは違い、私物の器に入ったプリンを見て写真を撮りながら桜彩が驚く。
「ああ。といってもこれは片手間で時短で作ったからそこまで期待されても困るけどな」
お茶を淹れながら答える怜。
二人分のお茶を淹れてリビングへと運び、椅子に座って手を合わせる。
「それじゃあいただきます」
「いただきます」
まず桜彩がスプーンをプリンへと運んで掬い取って口に入れる。
「んんっ……美味しい!」
一口食べて桜彩がうっとりとした表情で感想を言ってくれる。
今回はある意味手を抜いて作ったのだが、それでも美味しいと言ってくれるのはやはり嬉しい。
「それじゃあ俺も」
桜彩の感想に満足した怜もプリンを掬って食べてみる。
「うん。普通に美味しくできたな」
怜もプリンの出来栄えには満足する。
さすがに手間暇かけてこだわって作った物や、リュミエールで光が作るような物と比較すると味は落ちるのだがそれでも美味しいものは美味しい。
時々誤解されるのだが、怜は色々な物を『美味しく』食べることが出来る人間だ。
料理漫画等に登場する食通のように、一々文句を付けたり普通の料理をマズイと感じるような人間ではない。
ファーストフードを利用することもあるし、スーパーで量産品のスイーツを買い込むこともある。
ただ怜自身が料理が好きということもあり、自分で作るのならできるだけ美味しい物を作りたいと思っているだけだ。
「本当にこれで手間を掛けてないんですか?」
驚いた顔をして桜彩が聞いてくる。
桜彩からすれば手間暇かけずに美味しい物を作れるなんて信じられないのだろう。
「本当だぞ。牛乳と砂糖と卵を混ぜて電子レンジで加熱した後に冷やしただけだし、カラメルも砂糖と水を加熱して混ぜただけだからな」
「嘘!? そんなに簡単にできるんですか?」
「ああ。しかもこの作り方なら時間と分量さえ間違えなきゃ大きく失敗はしないしな」
肉や野菜に火が通ったかどうかを見極めるのは少し経験が必要だが、スイーツ系のレシピはむしろレシピ通りにしっかりと作れば大抵の場合は美味しくできる。
「はぁ……そうなのですね」
スプーンに掬ったプリンを目の前に持ってきて見つめながら感心したように呟く桜彩。
そしてそれを口に入れてまたも幸せそうな表情をする。
「はぁ……幸せ……」
本当に片手間程度に作ったのだが、ここまで喜んでもらえるとは思わなかった。
「ちなみに牛乳の代わりにミルクティーやココアでも出来るからな。結構簡単に味を変えられるんだ」
「そうなのですね。そちらの方も食べてみたいです。……あっ!」
そう言ったところで桜彩は何かに気が付いたようにハッとして顔を赤らめる。
「渡良瀬?」
疑問に思った怜が尋ねてみると、桜彩は慌てて手をバタバタとさせながら首を横に振って
「い、いえ、今のはですね、別に催促とかそういった事ではなくて……」
恥ずかしさで赤くなった顔を下に向けて細々と言う桜彩。
確かに聞きようによって、今の発言はそういった物も作ってくれと捉える事も出来るだろう。
長い髪の間から見える耳まで赤くした桜彩のその仕草が何とも愛らしい。
「あはは、分かってるって。でも渡良瀬がこれを気に入ってくれて良かったよ。このレシピなら渡良瀬にも簡単に作れるから」
「え?」
怜の言葉に桜彩はまだ赤い顔のまま顔を上げて怜の顔を見る。
「今度一緒に作ってみようと思ったんだ。自分で作り切ることができれば自信にも繋がるだろ? だからこれを美味しいって言ってくれて良かったよ」
「光瀬さん……もしかして、これを作ったのは私の為に……」
色々な物を作ることのできる怜があえて簡単なレシピを使った理由に気付いた桜彩が驚く。
「いや、別にそういうわけじゃない。今日は買い物に時間を取られたし、色々と時間がなかったからな」
桜彩の指摘に今度は怜が顔を赤くして視線を逸らす。
そんな怜の仕草を見て桜彩は口元に手を当ててくすくすと笑う。
「ではそういう事にしておきます。今度、一緒に作りましょうね」
「ああ」
「ふふっ。楽しみにしておきます」
そう次の約束をして、二人でプリンとお茶を楽しんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、そうだ、光瀬さん。夕方の写真のことなんですけれど」
プリンを食べ終わったところで思い出したように桜彩が口にする。
そう言われれば桜彩へ猫の写真を送るのを忘れていた。
「あ、悪い。今から送るから」
そう言って怜は桜彩のスマホへと写真を送る。
それを受け取った桜彩は幸せそうに目を細める。
「ああ、子猫ちゃん。やっぱり可愛い……」
うっとりとした表情で画面を眺める。
すると、ふと桜彩が何かを思い出したように表情を変える。
「そうだ、光瀬さん。お聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「聞きたいこと? まあ俺に答えられることなら良いけど」
出会った当初は他人を頼らなかった桜彩が、今ではこうして普通に頼ってくれることが嬉しい。
「はい。あの、光瀬さんは動物アレルギーなのでしょうか?」
「え?」
予想外の質問に驚いてしまう。
「いや、別にアレルギーは持ってないけど何で?」
「その、夕方に猫ちゃんが現れた時に光瀬さんが少し後ろに下がっていたので……」
その時の事を思い出しながら桜彩が言った言葉に怜は体をビクッと震わせる。
怜としてはあの時は写真を撮ってなんとかごまかせたかと思ったのだが、今の一件で桜彩が思い出してしまったようだ。
確かに動物好きだと宣言しておきながら、あのような行動は不自然だったろう。
「あ、その、光瀬さんが話したくないようなことでしたら……」
怜のリアクションを見て触れてはいけないことに触れてしまったのかと桜彩が焦る。
だが怜はゆっくりと首を横に振る。
「いや、そういう事じゃない。ただ訳ありで俺は動物に触ることができないんだ。だから見るだけ」
「そうなのですね。すみません、変なことを聞いてしまって」
「いや、まああの時の俺は不自然だったからな。こっちこそ変な勘違いさせて悪い」
そう言いながらお互いに頭を下げあう。
「…………」
「…………」
二人共何と言っていいか分からずに、不自然な沈黙が場を支配する。
「……ああそうだ! 猫の画像や動画なら俺のパソコンの方にいくつかあるから見てみるか?」
「……は、はい! ぜひ見て見たいです!」
二人の間に流れる微妙な空気を嫌って大声で話を逸らす怜と、それに乗る桜彩。
椅子から立ち上がって自室へとパソコンを取りに行く怜。
額を少し拭ってみると、少し汗をかいていた。
(……しまったなあ。やっぱり不自然だったか……)
そんなことを考えながら、ノートパソコンとポータブルハードディスクを手に取る。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方で桜彩はそんな怜の背中を見ながら少し落ち込んでいた。
(……失敗したなあ。どう考えても光瀬さんにとってあまり良い話題じゃなかったよね……)
詳しくは分からないが、怜にとってあまり話したくない話題ということは充分に分かった。
少し仲良くなったからといって、無遠慮に踏み込みすぎてしまったかもしれない。
一人のリビングでそう反省して、桜彩は小さくため息を吐いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リビングへと戻ってきた怜は、ノートパソコンのコンセントを繋ぎ直してから電源を入れる。
そして外付けのポータブルハードディスクを繋いでフォルダを開いていく。
その中の動物フォルダ内の猫フォルダを開くと、そこには怜が溜めていた猫の画像やgifファイルが並んでいる。
それをクリックしていくと、桜彩が目を見開いて画面を眺める。
「はぁ……可愛いです」
夕方と同じように幸せそうに画面を見つめる桜彩を見て、どうやらさっきまでの変な空気は完全に消え去ったようで怜も一安心する。
「やっぱり猫が好きなんだな」
「はい! 猫は最高です!」
前と同じように桜彩が強く主張する。
そして自分のスマホ画面を怜に見せてくる。
そこには動画サイトが表示されており、猫が戯れる動画が流れていた。
「どうですか、この猫ちゃん! 可愛いでしょう!?」
スマホ画面を見せつけるように力強く主張してくる。
そのせいでスマホ画面よりもむしろ桜彩の方に気を取られてしまう。
「わあ、可愛い毛並み! ほら光瀬さん、見て下さい! ああ、飼い主の真似をするこの仕草、最高です!」
動画を見ながら百面相の様に桜彩が表情を変えていく。
怜も猫は好きなのだが、正直言って今は猫動画よりも桜彩の顔を見ている方が楽しい。
そんな感じで桜彩の表情をこっそりと楽しんでいると、いきなりあれ? という表情に変わる。
「どうかしたのか?」
「は、はい……。次の動画を選択したのですが、画面の切り替わりが遅いような……」
「遅い?」
「はい……もしかして故障でしょうか?」
その言葉に桜彩のスマホを覗いてみると、ちょうどスマホにメッセージが送られてきた。
その見出しから察するに
「渡良瀬……一つ聞かせて欲しいんだが、家に一人でいる時はよくこういった動画を観てるのか?」
その怜の質問に桜彩はきょとんとした顔でクエスチョンマークを浮かべる。
「どうして分かったのですか? 確かに私はよく猫の動画を観ていますよ。この前の土曜日など大雨で外に出ることができなかったので一日中観ていました」
桜彩の返答に、怜はそういう事かと納得する。
とりあえず、桜彩の画面の切り替わりが遅い理由には想像がついた。
「あの、光瀬さん? 何か分かったのですか?」
怜を見上げながらそう尋ねてくる桜彩に向き直って、その理由を告げる。
「多分通信容量のオーバーだな」
「え?」
怜が言っていることがよく理解できなかったのか、桜彩がきょとんとする。
そんな桜彩に通信容量と速度制限について簡単に説明してみる。
最初はきょとんとしていた桜彩だが、徐々に内容を理解し始める。
「……そ、そういうことですか」
怜の説明に納得してがっくりとうなだれる桜彩。
引っ越す前の自宅ではWi-Fiを使用していた為にその辺りの設定も姉任せでそういう事情を知らなかったようだ。
「ま、まあそういうこともあるさ」
「ですが、これで私は自由に猫ちゃんの動画を観ることができないのですよね……」
「ま、まあそれは……」
桜彩の顔が絶望に染まる。
怜も実際にその様な状況に陥ったことがないので良くは分からないが、おそらくスムーズに映像が流れることはないと思う。
「まあ、アプリでメッセージや写真を送るくらいならそこまで問題はないと思うし……」
「そ、そうですね……それでしたらまだ救いはあるというか……」
なんとか元気を振り絞って答える桜彩だが、空元気なのは明らかだ。
それほどまでに猫が好きなのだろう。
(…………まあ、解決策として……)
そんな桜彩に何とかしてあげたいという怜は桜彩に一つの提案をしてみる。
「なあ、渡良瀬。渡良瀬は普段の夕食後、何をしてるんだ?」
「え?」
いきなりの質問に桜彩が首を傾げる。
「ええと、普段は学校の課題をしたり、猫の動画を観たりしていましたが……」
(……で、あれば問題ないか)
桜彩の家でしかできない事であれば仕方がなかったが、そういう事ならば手はある。
「光瀬さん?」
怜の顔を怪訝そうな表情で見上げる桜彩。
そんな桜彩に怜は先ほど思いついた提案をしてみる。
「渡良瀬、夕食後にウチでそのパソコンを使うか?」
先ほどまで使用していたノートパソコンを指差してそう聞いてみる。
「え? パソコンですか?」
怜の提案に桜彩は視線を一瞬パソコンに移し、すぐにまた怜の方を向いてきょとんとする。
「ああ。それならウチのネット回線と接続してるから猫の動画だろうが犬の動画だろうが問題なく観ることができるぞ」
怜は自宅にネット回線を引いており、自宅内ではパソコンもスマホもそちらの回線を使用している。
その為、通信容量には制限がない。
「ですが、よろしいのですか?」
「ああ。そのパソコンはサブで使ってるやつで、もう一台俺がメインで使ってるのが自室にあるからな」
このノートパソコンはあくまでも外出用であり、普段から使用することはあまりない。
「い、いえ、それもそうなのですが、そういう事ではなくてですね……その、夕食後も光瀬さんのお家に居続けるのはお邪魔になるのではないかと……」
ただでさえ食事の面倒を見てもらっているのにこれ以上迷惑を掛けては申し訳ないということか。
それに対し怜は笑って首を振る。
「別に邪魔だなんて思わないぞ。それだったらそもそも提案しないからな」
「…………本当に良いのですか?」
「ああ。別に俺は迷惑に思ったりはしないぞ。俺も夕食後は渡良瀬と同じように課題やったり遊んだりするだけだからな」
「そ、それでは申し訳ないのですが、お願いしてもよろしいでしょうか?」
これまで桜彩が頼みごとをする時は申し訳ないような感じで遠慮がちであったが、今回はこれまでとは違って少しウキウキとしながら聞いてくる。
「ああ。構わないぞ」
桜彩の言葉に怜が微笑みながら頷いた。
つい少し前の桜彩であれば、怜の提案をまだ断り続けていたかもしれない。
だが今は素直に怜の提案に頷いてくれた。
少しは距離が近くなったのかもしれない、そんなことを思いながら怜は桜彩と共に猫フォルダの写真を眺めていった。




