第23話 クールさんと放課後を ~猫と買い物~
寝不足のまま午前中の授業に突入した怜だったが、とりあえず授業中に居眠りをすることなく午前中を乗り切ることができた。
授業中に眠そうなそぶりを見せることは何度かあったのだが、昨年から授業態度が真面目であり成績も良い怜がその程度で教師から注意を受けることはなかった。
やはり日頃から真面目な優等生としての姿を見せておくのは何かと役に立つことを実感する。
そんな怜だったが徐々に眠気は覚めてきて、昼食後に軽く仮眠をとって午後の授業は問題なく受けることができた。
そして放課後、桜彩の生活用品の買い出しの為、怜は一人でショッピングモールへと向かう。
「光瀬さん」
到着した怜の姿を確認した桜彩が怜のところへとやってくる。
「お待たせ」
「いえ、私も今来たところですので」
付き合い始めのカップルのような会話だが、別にデートという訳ではない。
先日、傘をもっておらず立ち往生しかけたことを踏まえて、桜彩の日常品が足りないことが分かった為に買いに来たというだけのことだ。
『ホームセンターと百円ショップがあれば、とりあえずは何とかなるからな』
そんな怜の提案で二人はこの場所を訪れていた。
だが一緒にショッピングモールまで来なかったのかというのには理由がある。
二人の関係は誰にも話していない為、二人揃って下校というシチュエーションを避けることにした。
怜に友人はそこそこいるが、同年代で心から信用している相手は陸翔と蕾華の二人だけ。
怜は一年生の時からの有名人だし桜彩はクール系美人転入生として、転入後一週間で既に他クラスまでその存在が広がっている。
その二人が隣り同士でお互いに一人暮らしをしているということがバレたらどのような反応になるかは想像がつく。
それだけならまだしも怜の部屋で共に食事を食べているということがバレたらあることないこと尾ひれのついた噂が流れるだろう。
その為、怜は朝食の後で提案してみた。
『……ということで、学内での距離感はこれまでと変えない方が良いと思う』
『はい。それは私も同感です。わざわざそのような話題を提供する必要はないでしょう』
『うん。まあ学校の方でも徐々に仲良くなっていけば問題はないだろうし。幸いにも渡良瀬は蕾華と仲が良くなってるみたいだし、その流れから俺との絡みも増えるだろうからな』
『分かりました。それでは学内ではこれまで通りということでお願いします』
桜彩は学内では友人としての関係を隠さなければならないということを考えてか、少し悲しそうな顔をして拳をぎゅっと握り締めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ショッピングモールと百円ショップで必要な物を買い込んだ後、家の近くのスーパーへと向かう道すがら、いきなり路地裏から子猫がゆっくりと二人の前に現れる。
「にゃあ」
人間に慣れているのか、二人を見上げながら子猫がのんびりと鳴き声を上げる。
その大きなつぶらな瞳に見つめられた桜彩は、驚きのあまり目を丸くして固まってしまった。
「ね……ねこ……ちゃん……」
そう呟きながら一度怜の方を向いて、再び子猫へと向き直る。
すると子猫はゆっくりとした動作でこちらへと向かってきて桜彩の足下で停止する。
「ふわぁ…………か、可愛い」
幸せそうな顔をしながら子猫の仕草を眺める桜彩。
猫が最高だと常々言っている桜彩として、本物の猫に出会えて本当に嬉しいのだろう。
「み、光瀬さん……。ねこちゃんです!」
嬉しそうに怜の方を見て桜彩が喜びの声を上げる。
一方で怜は、無意識の内に隣の桜彩から、というか子猫から若干の距離を取るように後ずさっていた。
「光瀬さん? どうかしましたか?」
怜の動きが気になって首を傾げる桜彩の声を聞いて、怜は初めて自分が後ずさっていたことに気が付いた。
「あ、ああ。何でもない。それよりもそんなに猫が好きなら撫でてみたらどうだ?」
冷静さを装って何とか返事を返す。
「はい。そ、それでは……」
そう言って桜彩がしゃがんで子猫に手を伸ばすと、子猫はその手に頭をこすりつける。
「にゃあ」
桜彩の手を受け入れて撫でられている子猫が嬉しそうに鳴き声を上げる。
「み、見て下さい! 猫ちゃん、凄く可愛いです!」
嬉しそうにそう口にする桜彩。
その姿を見て怜もポケットからスマホを取り出して
「渡良瀬」
「え?」
怜の声に桜彩が子猫を撫でながら怜の方を振り返る。
その瞬間、怜が桜彩の姿をカメラに収める。
「あっ」
撮られたことに気が付いて小さく声を上げた桜彩に、怜は軽く微笑みながら桜彩にその写真を見せる。
「もう、光瀬さん……」
口をすぼませて抗議する桜彩だが、少し嬉しそうな表情は隠せていない。
「悪い悪い。でもこれは後で送るよ」
「はい。ありがとうございます」
そう言って桜彩が立ち上がると子猫も踵を返して立ち去っていった。
(…………まあ、上手くごまかせたかな?)
先ほどの怜の行動について、桜彩が気にしなければいい。
そんなことを考えながら、二人でスーパーへと向かっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日曜日にスーパーで世間話をした時に今日の夕食はホイコーローを作ると言ったのだが、桜彩の分を含めて二人分の材料が必要な為に追加の食材を買いに来ることとなった。
一応、昼休みの仮眠前に桜彩にメッセージを送ったのだが
『今日の夕食はホイコーローで良いか?』
『はい 光瀬さんのホイコーロー 楽しみです』
『アレルギーとか嫌いな食べ物は?』
『アレルギーはありません 嫌いな食べ物もないですが 辛すぎる物は苦手です』
とメッセージが返ってきた。
ホイコーローは人によって辛みが強く出る料理なのだが、そこは桜彩に合わせて調整すればいい。
スーパーの野菜コーナーで追加の食材を選ぶ。
「ふふっ。昨日、光瀬さんとここで会ったんですよね」
「そう言えばそうだな。まだあれから一日しか経っていないんだよな」
その後の不審者騒動という出来事が大きすぎたせいか、かなり前の事のように思えてくる。
「あの時はまさかこうして二人で買い物に来ることになるとは思いませんでした」
「だよな。ホントに何が起きるか分からないもんだ」
昨日と同じく二人でスーパーの各コーナーを曲がっていく。
ただ昨日と違うのは、今日は二人で一つのカゴを使っているということだ。
制服姿の男女が仲良く食材を選んでいるということもあり、周囲からの注目を少しばかり集めてしまう。
もっとも二人共そんな視線に気が付いてはいないが。
一通り食材を選んだ後、セミセルフのレジで怜が財布を取り出したところで桜彩が『あっ』と声を上げた。
「どうした? 何か買い忘れた物でもあったのか?」
「い、いえ。そういうわけではないのですが。あの、お金の方はどうしましょうか」
朝の時点では桜彩に料理を教えると約束しただけなので、それ以上の細かいことは決めてはいない。
「まあ今は俺が払う。ここで話しててもしょうがないし、後でゆっくりと決めよう」
「はい。それではここはお願いします」
そう言ってこの場は怜がお金を払ってカゴを台へと移動させる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(なんだか初々しいわねえ)
(制服ってことは多分高校生だろうし、同棲してるってことはないよな。彼氏に料理、お弁当でも作ってあげるのかな?)
仲良くエコバッグに買った物を詰めている二人を見て周囲の人たちはそんな誤解をしながら微笑ましく眺めていた。
まあ全てが誤解というわけでもないのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、光瀬さん。私も持ちますよ」
「良いから俺に持たせろって。別に重くもないし、昨日も言ったけど、女子に荷物を持たせるってのは俺に非難の視線が飛んで来るから。それに渡良瀬はさっき買った荷物持たなくちゃならないだろ?」
百円ショップやホームセンターで買った物の入ったビニール袋を見ながら言う。
「……そうですね。分かりました。それでは申し訳ありませんが、お願いします」
「ああ。任せておけって」
そして二人は昨日と同様に、二人の住むアパートへの帰路についた。




