第196話 休日のぬいぐるみ作り
土曜日、朝食を終えた後、桜彩と一緒にカヌレの仕込みを終わらせる。
生地を一日寝かせて焼くのは明日のお楽しみだ。
「さて、それじゃあ始めるかな」
早速先日購入した手芸用品店の袋のリボンを解き、中から購入した商品を取り出してリビングのテーブルに並べていく。
それとは別に、型紙のデータと自宅に置いてある手芸用品も準備する。
「あ、早速作るの?」
カヌレ作りが一段落したところでお茶を淹れていた桜彩が興味深そうに聞いてくる。
「ああ。桜彩も作ってみるか?」
「うーん……せっかくだけど、私はいいかな」
「そっか」
先日の手芸店で布などは多めに買っていたのでそう提案してみたのだが、どうやら桜彩は作らないようだ。
一緒に作っても面白そうだと思ったので、怜としては少し残念である。
とはいえ無理強いすることでもないので桜彩の淹れてくれたお茶を飲んでそのまま作業に取り掛かったのだが、桜彩は怜の正面に座って何をするでもなくぬいぐるみ作りを眺めている。
いつもであればこういった時間はパソコンで猫の動画を観たりするのだが。
気になった怜が桜彩の方を見ると、ちょうど桜彩と目が合った。
「桜彩? どうかしたのか?」
「ううん。ただ見てるだけだよ。私は作らないけどさ、怜が作ってるところを見ていたいなって。ダメ?」
「いや、構わないぞ。それに一人で黙々と作ってるのも寂しいからな。適度に話し相手になってくれると嬉しい」
「うん。それなら任せて」
にっこりと笑って怜を見る桜彩。
正直少し照れ臭いが、それを隠すようにして怜は作業を進めていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「猫に模様を付けたいんだけど、桜彩は何か希望があるか?」
このまま無地で作っても良いのだが、それでは少し味気ない。
まあ模様無しの真っ白な猫もそれはそれで可愛いのだが。
「うーん、私はどんな模様でも可愛いと思うけど。ちなみにどんな模様でも作れるの?」
「まあ複雑すぎなければな」
こういった裁縫も一通り出来るとはいえ、普段から日常的にやっているわけではない。
今こうしてぬいぐるみを作っているのも家庭科部で行う本番前のリハビリのようなものだ。
まあ複雑な物も作れないわけではないし、実際に過去に作ったこともある。
とはいえそれをやると手間暇がかなりかかってしまうし、そもそも多めに準備してあるとはいえ材料が足りるか分からない。
怜の言葉に桜彩は少し顔を落として思案する。
(うーん……無地でも良いけど、縞模様ってのも捨てがたいよね)
真剣な顔をして考える桜彩の姿を見て怜の方も表情が緩む。
こうして桜彩の色々な表情を見るだけで結構楽しい。
そんなことを思っていると、思案を終えた桜彩が顔を上げる。
「ねえ。ポインテッドはどうかな?」
「ポインテッド……っていうと足先や鼻先が黒い奴か?」
「うん。それならそんなに複雑じゃないし難しくもないかなって思ったんだけど。まあ実際に私が作るわけじゃないんだけどね」
くすっと笑う桜彩を見ながらそのアイデアについて少し考えてみる。
ポインテッドは低い温度だと毛色が濃くなり逆に高いと薄くなる性質を持つ被毛だ。
一言でポインテッドといっても縞模様やハチワレなど色々と種類があるのだが、まあ一般的なものなら問題無く作れるだろう。
「そうだな。それにするか」
「うん。ポインテッド、可愛いよね。私、あの模様が好きなんだ」
「俺も。まあどんな模様でも猫は可愛いけどな」
「ふふっ。それは私だってそうだよ」
そして二人はふふっ、と笑い合った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「思ったよりも時間が掛かったな。部活で作るとなると、模様はやめた方が無難だな」
作業を中断して休憩を入れる。
ここにくるまでに想定していたよりも長い時間が掛かってしまった。
放課後の部活動の時間しか使えないうえに、おそらく怜よりも作業に慣れていない他の部員のことを考えるとあまり複雑化しない方が良いだろう。
やはり一度予習がてらに作ってみて正解だった。
「んー。怜の言いたいことは分かるけどさ、それだとみんな同じで個性がなくなっちゃわない?」
「まあそれはしょうがないさ。それに作った後で模様を貼り付けることも出来るからな。ちょっと不格好になるかもしれないけど今回はそれでいこうと思う」
「そっか。それなあ良いかもね」
そのまま少しの間、二人で他愛もない雑談をして過ごす。
紅茶を飲みながら、ネットの画像検索で出てきたポインテッド模様の猫の画像を見たりして和んだりする。
「それじゃあ再開するか。これ以上はさすがにきりがないから」
そう言って立ち上がり体を伸ばして軽くストレッチをする。
ポインテッドの猫画像から、つい関係ない他の猫の画像、ひいてはgif画像を堪能してしまった。
猫好きが二人揃っているのでしょうがないと言えばしょうがないのだが、これでは作業が進まない。
後ろ髪を引かれる思いで怜はパソコンの画面から目を離す。
「そうだね。手伝えることがあったら遠慮しないで言ってね」
「分かった。頼りにしてるぞ」
「うんっ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「えっと、まずは……」
型紙の通りに生地を切っていく。
大きさが異なると縫い合わせるのが面倒なので、各パーツごとに慎重に切っていく。
ポインテッドの模様にすると決めたので、その辺りも考えて生地を色分けしていく。
「えっと……ポインテッドだと色分けが……」
模様の生地をどうしようかと少し悩む怜。
「こういうのでどうかな?」
すると桜彩がノートパソコンを立ち上げてポインテッドの模様を持つ猫の画像を表示してくれた。
こういった気遣いがとてもありがたい。
「ありがと。助かるよ」
「ふふっ。どういたしまして」
怜の役に立てて嬉しそうに桜彩が笑う。
実際に作っているのは怜なのだが、こういったところは二人で作っているように感じる。
それがなんだかとても楽しい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
頭やボディ、手足をそれぞれ縫い付けていくと、だんだんと猫の形になっていく。
ぬいぐるみ作りはこういった所が面白い。
「あ、猫になってきた!」
「ああ。まだ裏返しだけど、大分近づいたな」
「うん。早く完成しないかなあ」
「ははっ。もうちょっと待ってくれ」
笑いながら縫い付けていく。
小さく丸く切った肌色のフェルトを縫っていると桜彩が興味深そうな目で見てくる。
「あっ、それって肉球?」
「ああ。なくてもいいんだけどさ。でもやっぱりせっかくだから肉球までちゃんと作りたいなって」
「うん。やっぱり猫は肉球があってこそだよね」
怜の提案にうんうんと頷く桜彩。
やはり猫好きとして肉球は外すことの出来ない大切な要素だ。
「触ってみるか?」
「えっ、良いの?」
足裏と肉球フェルトの間に綿を入れた物を桜彩に渡すと面白そうにぷにぷにと押し始める。
「肉球の感触はどうだ? もっと硬い方が良いとか柔らかい方が良いとか?」
「大丈夫。すっごく良いよ!」
興奮したように満面の笑みで桜彩が答える。
「良かった。それじゃあこんな感じで作っていくか」
「うん!」
猫好きの桜彩が絶賛するのだから問題ないだろう。
そんな感じで作った肉球を足の部分に縫い付ける。
最後に尻尾も縫い付けてから裏返しになっている全体を表に返す。
本来であればここで針金で骨格を作って入れるのだが、部活で作ることを考えるとそれは省略することにする。
代わりにしっかりと綿を詰め込んでからお腹の部分をラダーステッチで閉じる。
ここに関しては外側に縫い目が見えることになるので、しっかりと目立たないように縫い合わせる。
つま先に強めに糸を掛けて引き締めて指を作る。
ここまでくれば全体が猫の形に見えてくる。
完成まであと少しだ。
それを見て桜彩が期待に目を輝かせる。
「わあ。もうほとんど完成?」
「そうだな。後は顔だけだ。でもここで印象が変わるから気を引き締めないと」
「どんな子になるのか楽しみだなあ」
ワクワクしながら桜彩が期待に胸を膨らませる。
そんな桜彩を横目に見て、鼻と目を取り付けていく。
「後は耳だけだな。でも取り付ける位置によって大分違った感じになるぞ。とりあえず待ち針で仮止めだけしてみるか」
「うんっ!」
完成するのをウキウキとした目で眺めながら待っている桜彩を横目に、猫耳を頭へと取り付ける。
「こんな感じでどうだ?」
「うんっ! 凄く良いと思う!」
「他には……こんな感じもありじゃないか?」
今度は耳を少し開いた感じで仮止めしてみる。
「うんっ! これも良いよね!」
「後は……」
猫耳に関しては何種類か作っていた為に、それらを順につけていく。
耳を取り付ける箇所を変えたりもしてみたのだが、その度に桜彩は目を輝かせる。
「どうするかな? 桜彩はどういった感じが良いと思う?」
「うーん……確かに悩むよね……」
どんな耳をした猫だろうが可愛いことに変わりはない。
ただ可愛さが違うだけだ。
「そうだ。この子、なんとなくリラックスしてるような表情をしてるよね? だったらさ、この耳を少し外側に傾けてみたらどうかな?」
最初に取り付けた猫耳を持って桜彩が提案する。
猫がリラックスしながら過ごすとき、耳が少しだけ外側に向くことがあるのでそれを再現した感じだ。
「なるほど。それ良いな。そうするか。…………こんな感じか?」
桜彩のリクエスト通りに耳を外側に向けて待ち針で仮止めして桜彩に見せる。
「うんっ。これで良いと思うよ」
「そっか。それじゃあ縫ってしまうな」
「ふふっ。楽しみ」
そして最後の作業を終えて、ついにぬいぐるみが完成した。
次回更新は月曜日を予定しています




