第103話 お互いの唇の感触は
「それじゃあ次も焼いていくぞ」
ひとしきり三匹に食事を与えた後でバーベキューを再開する。
クーラーボックスから食材を取り出すと、それに気付いた桜彩が嬉しそうに声を上げる。
「あ、それってもしかして肉巻き!?」
「ああ。せっかくだから作って来た」
「わあ! 怜の肉巻き、美味しいから楽しみ!」
「そう言ってくれると嬉しいな。期待して待っててくれ」
言いながら鉄板の上に油を引いて並べていくと、すぐに美味しそうな香りが立ち込める。
野菜やチーズ等を特製ダレに付け込んだ豚肉で巻いた怜お得意の一品。
それに加えて今回は更に一品仕込んできた。
別の容器のふたを開けると割り箸に刺したそれが姿を現す。
「おっ、それ肉巻きおにぎりか?」
「ああ。米も食べたいだろ?」
「当然! ナイス、怜!」
陸翔も嬉しそうに焼くのを手伝ってくれる。
そのまま二人で肉巻きを焼いていくと、すぐに火が通って食べごろになる。
先ほどの肉串とは違い、怜の特製ダレが熱されて少し焦げたようないい香りが辺りに立ち込めてくる。
「わあっ! 美味しそうないい香り!」
「もう焼けたな。はい、桜彩」
「ありがと!」
良い感じで焼けた肉巻きおにぎりの一つを取って、もう待てないと言った桜彩に早速一つ渡す。
「うわぁ、美味しい!」
桜彩が危うげなく割り箸を持って肉巻きおにぎりにかぶりつくと口元を手で押さえながら感嘆の声をあげる。
桜彩がそう言ってもらえると、やはり作ったかいがあったと怜も嬉しくなる。
「これ、中にチーズも入ってるんだ!」
「ああ。せっかくだから試してみたんだ。美味しいって言ってくれて嬉しいよ」
「うん! 本当に美味しいよ、これ」
「だね! サーヤの言う通り美味しいよ!」
桜彩をはじめとしたみんなでパクパクと次々に肉巻きを消費していく。
怜と陸翔の男性陣は量を食べるのだが、桜彩と蕾華の女性陣も同年代の相手に比べて健啖家だ。
そこそこの量を持って来たのだが、このままだとすぐになくなってしまうかもしれない。
「でもサーヤ、良いなあ。毎日こんなに美味しい物食べてるんでしょ?」
「いや、毎日こんな感じの献立じゃないからな」
さすがにバーベキューということでいつもよりは気合を入れて作っている。
別にいつもが手抜きというわけではないのだが。
「ううん、怜の作る料理はいつも美味しいよ。私、怜と一緒にご飯食べるようになってからホントにもう毎日が幸せで……」
「それはさすがに言い過ぎだろ」
そこまで褒められると少し恥ずかしい。
しかし桜彩は首を横に振って
「ううん、言い過ぎなんかじゃないよ。だって私、こっちに来てからは、食事なんてただの栄養補給にすぎなかったんだから。でも、初めて怜のご飯を食べた時、本当に感激したんだ。ああ、料理ってこんなに美味しかったんだなって」
友人に裏切られて家族とも離れて。
頼れる相手もおらず、そんな状態で過ごす毎日に楽しみなどなかった桜彩。
しかしそこで怜の優しさに触れた。
そこで桜彩の生活は劇的に色が変わった。
「まあ、そう言ってくれるのは嬉しいけどな」
「うんっ! いつも美味しいご飯をありがとうね、怜」
そう言って笑顔で肉巻きを頬張る桜彩。
「だよなー。さやっちの言う通り、これ毎日食べられるって幸せだよな」
「だよねー。アタシもこれ、毎日食べたいよー」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどな。それ聞かれたらおばさん悲しむぞ」
「いや、別にアタシもお母さんの料理に不満ってわけじゃないんだけどね」
三人からの褒め殺しに少し照れながら、照れ隠しに肉巻きおにぎりの串をひっくり返す。
蕾華の家では基本的に母親が料理を作っており、怜も相伴にあずかったこともあるが、別にマズいというわけではなく普通に美味しかった。
ただ怜の場合は料理を本職としている母から丁寧に教わった経験がある為、一般的な家庭料理以上の腕前はある。
怜としてはあくまでも素人の趣味レベルだと言っているが。
「っとバスカー、ステイ!」
「バゥ……」
肉の香りに誘われたバスカーが鉄板の上を眺めるようにコンロへと近づいてきたためにストップをかける。
悲しそうな顔でこちらを覗き込んでくるが、健康面の問題から人間用に味付けしたものを犬猫に食べさせるわけにもいかない。
「ほら、ささみあげるからこっちに来い」
「バウッ」
代わりに陸翔がささみの残りをバスカーへと与えてコンロから引き離す。
「クッキー、ケット。こっちに来て」
蕾華もささみを餌に二匹の猫を呼び寄せる。
二人が三匹をコンロから遠ざけたところで、残り少ない肉巻きを怜と桜彩の二人で食べていく。
二人共大好物というだけあって、肉巻きはどんどん口の中へと消えていく。
「ふう、美味しかった! やっぱり怜の肉巻きは美味しいなあ」
「桜彩は特にこれが好きだな」
「うん。初めて怜の料理を食べた時からずっと大好き!」
無邪気そうな笑顔で告げられたその言葉に一瞬ドキッとしてしまう。
(料理が、だ! 勘違いするなよ! 料理が大好きってことだからな!)
顔を赤くした怜が、慌てて心を落ち着けようと桜彩から視線を逸らして胸を撫でる。
それを不審に思ったのか、桜彩が顔に疑問符を浮かべる。
「怜? どうしたの?」
「い、いや、何でもないぞ。それよりもっと食べようか」
「うんっ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
持って来た肉巻きは全て食べてしまった。
自画自賛になるが本当に美味しかった。
他の三人も喜んでくれていたし、これなら肉巻きを作る時は肉巻きおにぎりも一緒に作っても良いかもしれない。
「ふう、美味しかったーっ!」
満足げにそう言いながら座り込んで表情を緩める桜彩。
本当に幸せそうな表情に、怜も嬉しくなる。
「ん? 怜、どうしたの?」
桜彩の笑顔に見とれていたら、その視線に気が付いた桜彩が不思議そうに問いかけてくる。
まさか桜彩の笑顔に見とれていたと素直に言うのも恥ずかしい。
「あ、いや……そ、そうだ。桜彩、口の周り、ちょっとタレで汚れてるぞ」
「えっ、嘘!?」
実際にその可愛らしい口の周りにタレが付いていた為、これ幸いと話題を変える。
怜の言葉に驚いてティッシュを取り出して口の周りを拭う桜彩。
「どう? 落ちた?」
「えっと、まだちょっと残ってるな」
あらかた落ちてはいるのだが、まだ少し汚れている。
そんな桜彩も可愛らしいのだが。
「うーん、自分じゃ難しいなあ。あ、そうだ。怜、お願いしても良いかな?」
そう言ってポケットティッシュを差し出してくる。
これはつまり、拭いてくれというのだろう。
「ん。分かった」
「うん。お願いね」
桜彩からポケットティッシュを受け取ると、それを桜彩の口に近づけていく。
そしてティッシュが桜彩の唇に触れて
「ん……」
桜彩の唇が小さく動き、そこから艶めかしい声が上がる。
ティッシュ越しに感じる桜彩の唇の感触。
そして色っぽいその声に、怜も変な気持ちになってしまう。
(……落ち着け! 桜彩は俺を信用してくれてるんだ! そんな気持ちを抱くなんて桜彩に失礼だろ!)
理性を総動員して平静さを保ち、桜彩の口の周りを拭いていく。
時折触れてしまう唇の感触と聞こえてくる桜彩の声に理性が崩壊しそうになるが、なんとかそれを耐えきった。
「……お、落ちたぞ」
「うん、ありがとうね、怜」
そんな怜の葛藤など一切知らない桜彩は、無邪気に怜にお礼を言う。
「あっ、怜も少し口の周りに付いてるよ。今度は私が拭いてあげるね」
「えっ?」
そう言いながら、桜彩はティッシュを持った手を怜の口へと寄せてくる。
いきなりのことに反射的に後ろへと下がってしまう怜。
「むっ! 怜、逃げちゃダメ!」
「い、いや、大丈夫だって! じ、自分で出来るから!」
「自分じゃ難しいでしょ!? ほら、動かないで! 私が拭いてあげるから!」
ムッとした桜彩に頭をホールドされてしまう。
そうなると当然、桜彩の顔が怜の顔の側へと来ることになる。
先ほどまでティッシュ越しに触れていたその唇に、怜の視線が無意識の内に吸い寄せられてしまう。
「ちょっと怜! 観念して!」
力づくで振り解こうとすれば振り解けるのだが、さすがにそれは出来ない。
「ちょ、ちょっと待った! さ、さすがに恥ずかしいから!」
「え? は、恥ずかしいって……あっ!」
さすがに桜彩もこの距離間に気が付いたのか、顔がボッと赤くなる。
「ご、ごめんね」
「だ、大丈夫だから……」
無言で下を向いてしまう二人。
少しの沈黙の後、桜彩が顔を上げる。
「で、でもね! さ、さっきは怜が拭いてくれたから、は、恥ずかしくても私がお返しに拭いてあげたいな」
いつもの上目遣いお願いモードで言ってくる桜彩。
そう言われては、いつも通り怜も折れるしかない。
「わ、分かった。そ、それじゃあお願いするよ……」
「う、うん……」
照れながらも再び桜彩がティッシュを怜の口元に寄せてくる。
「ん……ふ……」
ティッシュ越しに桜彩の指の感触が伝わって来る。
やはりもの凄く恥ずかしい。
(さ、桜彩が俺の唇に触れてるっって考えると……)
一方で桜彩も、ここに来て先ほど自分が何を頼んだのかを理解した。
(れ、怜の唇に触れちゃってるよ……。なんだかもの凄く恥ずかしい……。で、でも怜の唇、こんな感触なんだ。や、柔らかくって……。そ、それに怜の声もなんだか……)
二人共恥ずかしさで真っ赤になりながら、何とか口の周りを拭き取った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なあ、あれどう思う?」
バスカーを撫でながら蕾華へと視線を向ける陸翔。
「なんで付き合ってもないのにああいうこと出来るんだろうね?」
スマホのカメラを起動して二人を撮影する蕾華。
「仲が良いのは結構なんだけどなあ」
「ホントにそうなんだけどねえ」
「てかあれだな。怜ってさやっちのお願いに結構弱いよな」
「だね。特にサーヤが甘えた感じでお願いすると、大抵の場合れーくんが折れるよね。これ使えるかも」
少し離れた所で親友二人はペットと共に、怜と桜彩の様子を半ば呆れながら眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そ、それじゃあデザートにするか!」
恥ずかしさ忘れるように大声をあげてそう提案する怜。
「そ、そうだね! で、デザート食べたいな!」
同じく桜彩も大声をあげてり空気を変えようとする。
すると親友二人もこちらの方へとやって来る。
「デザート? 何を持って来たの?」
ひとまず空気を変えることに成功した怜はクーラーボックスからデザート用のタッパーを取り出す。
蓋を開けると中からパイナップルの輪切りが顔をのぞかせる。
「パイナップルだ!」
「ああ。これにシナモンを軽く振りかけて焼いていくぞ」
「もう絶対に美味しいやつだ!」
嬉しそうに顔を綻ばせる桜彩。
まだ少し赤い顔のまま、怜はパイナップルを網の上に並べていった。
ちなみにこの後、パイナップルを食べた二人の口の周りにシナモンが付いてしまう。
今度はそれを自分で拭こうとしたのだが、そこで先ほどの光景を見ていた親友による
「ちょっとれーくん! サーヤの口の周り、ちゃんと拭いてあげてね!」
「そーだぞ怜! さっきみたいにお互いにちゃんと綺麗にしてあげろよな!」
という言葉に、先ほどの光景を見られていたことに気が付いて(冷静に考えれば当たり前だが)より一層顔を赤くすることになった。
昨日更新出来ずにすみませんでした。




