第101話 もう何度目かの「はい、あーん」
「それじゃあいただきます!」
目を輝かせる桜彩に焼けた肉串を渡すとすぐに嬉しそうに頬張る。
「んんっ! なにこれ! すっごく美味しい!」
一口食べただけで目を輝かせて喜んでくれる。
牛肉を頬張って感激したような声を上げてくれる桜彩に、怜も少し誇らしくなる。
美味しいと言ってくれて本当に良かった。
「良かったな、美味しいって言ってくれて」
桜彩に聞こえないよう囁くように言ってくる陸翔。
ニヤニヤとした表情から先ほどの会話を引っぱってからかっているのがまるわかりだ。
「ああ、良かった」
努めて冷静なふりをして言葉を返すと陸翔が残念そうな顔をする。
「……ちっ、照れろよそこは」
「残念でしたー」
アテが外れて悔しがる陸翔に逆に怜が笑いながら脇腹を小突いて言葉を返す。
そう何度もからかわれてはたまらない。
「つーわけで俺達も食べようぜ」
「だな」
既に串焼きを頬張る桜彩と蕾華を見ながら怜と陸翔も肉にかぶりつく。
「美味え!」
「ああ! 美味しい!」
自画自賛かもしれないが、実際にこの串焼きは本当に美味しい。
肉ばかりではなく適度に野菜も混じっている為に、肉々しくなった口の中が野菜の甘さでリセットされるのも良い。
「まだまだ焼いていくからな!」
既に全員が二本目に手を出したところでまだ焼いていない串をコンロに載せていく。
それと同時に用意してきたある物も一緒に火にかける。
「怜、それ何?」
背後から顔を出して興味深そうにのぞき込む桜彩。
肉串を持ったまま不思議そうに聞いてくる桜彩に怜は笑って
「ああ、これはチーズフォンデュだ。肉にも野菜にも合うから美味いぞ」
「わあ! 楽しみ!」
少し時間が経ってチーズが溶けてくると、早速肉を漬けてみる。
とろけたチーズが肉に絡んでもう見た目からして美味しそうだ。
「はい。熱いから気をつけてな」
「うん! はふはふっ、熱っ、美味しい!」
「そっか。良かった」
桜彩の笑顔を嬉しく思いながら、次の串を焼いていく怜。
そんな怜の様子を見た桜彩が、怜の方へと肉串を差し出す。
「はい、怜。あーん」
「え?」
振り向いた怜の目に肉串がアップで映る。
まだチーズが溶けかかっており、見た目も香りも美味しそうだ。
「えっと、桜彩、これは?」
「さっきから怜が忙しそうだから食べさせてあげようと思って。はい、あーん」
ずいっと肉串を差し出してくる桜彩。
基本的に調理は怜が行っている為に気を聞かせてくれたのだろう。
そんな気遣いを嬉しく感じながら、ふと視線を感じてそちらの方に目を向けると、ニヤニヤしながら陸翔と蕾華がスマホをこちらに向けていた。
「べ、別に食べさせてもらわなくても大丈夫だぞ。もう少ししたら手を出すから」
「遠慮しなくても良いって。はい、あーん」
怜の言葉を遠慮ととった桜彩が肉串をずいっと近づけてくる。
「う……」
「む、何戸惑ってるの? チーズが垂れちゃうよ」
少し不満げに口を尖らせる桜彩。
「い、いや……」
「あ、そうだよね。これじゃあ熱いから火傷しちゃうよね。うん。ちゃんと冷ましてあげる。ふーっ」
(…………違う、そうじゃない)
怜の戸惑いを勘違いしたのか、桜彩が熱くなった肉に息を吹きかけて冷ましていく。
肉串を冷ますために息を吹きかけている桜彩の口元に視線が吸い寄せられてしまう。
少し前に体調不良に陥った時も同じように息を吹きかけて冷ましてくれたのだが、あの時は本当に恥ずかしかった。
お互いに『あーん』で食べさせ合うだけでも恥ずかしいのに、息を吹きかけて冷ましてあげるとなると更にハードルが上がってしまう。
にもかかわらず、今の桜彩はあの時の恥ずかしさを完全に忘れて同じことをしている。
しかも目の前にスマホのカメラ機能を向けた親友二人がニヤニヤとしながらこちらを見ているのだ。
「このくらいかな。はい、怜。あーん」
少し冷ました肉串を再び怜の前へと差し出してくる。
(おい、早く食えよ!)
(サーヤがここまでしてくれてるんだから、まさか断ったりしないよね!?)
目は口程に物を言うというが、親友二人の視線から心の声が聞こえてくる。
そんな怜の心境を知らない桜彩は、楽しそうな笑顔を浮かべて怜が食べるのを待っている。
この状態の桜彩にそれを指摘することはさすがに出来ない。
諦めて口を開ける。
「……あーん」
消え入りそうな声で口を開けて、差し出された肉串におずおずとかぶりつく。
パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ
瞬間、蕾華のスマホから連続したシャッター音が響いた。
「え!?」
音に驚いた桜彩がそちらの方向を振り向くと、当然ながらスマホを構えた二人に気が付く。
「いやー、良いもの見せてもらったわ!」
「ホントだよな! まさかもう一回ふーってやってるとこが見れるとは思わなかったぜ!」
その言葉に桜彩が二人の方を向くと、二人はニヤニヤとした表情で桜彩に答える。
それを見て、今しがたとんでもないことをしていたことにやっと気が付く。
「え…‥あ……い、いやあああああああ!」
今、自分が何をやっていたのかを理解した桜彩が食べかけの肉串を持ったまま頭を抱える。
「わ……わ……私、今、何を……」
「いやー、サーヤ、可愛かったなあ。ほらサーヤ、見て見て!」
そう言って食べさせている瞬間を収めたスマホを桜彩へと差し出す。
画面にはその瞬間がばっちりと捉えられていた。
正直それは追い打ちでしかない。
いや、もちろん蕾華も分かってやっているのだが。
「ち、違う、違います! ち、違うからね、怜!」
慌てて怜の方を振り向いて違うと否定する桜彩。
違うと言われても正直何が違うのか良く分からない。
「あの……その……ご、ごめんっ! この前怜が注意してくれたのに……」
「い、いや、別に悪いとかじゃ……」
別に悪いわけではない。
怜としても恥ずかしいだけで決して嫌なわけではなかった。
だが既に怜も顔を赤くして上手く言葉が出てこない。
「いやー、別に照れる事じゃないって。やっぱ二人とも仲良いんだね!」
「そうそう。オレと蕾華もやるしな!」
「……フォローになってねえよ」
「あぅ……」
このバカップルがやると言われてもはいそうですかとしか言いようがない。
というか、それは間近で何度も見せつけられているので今更だ。
「じゃありっくん。アタシ達も負けないようにやろうか。はい、あーん」
「あーん。おっ美味い! やっぱり蕾華に食べさせてもらうとより美味く感じるな!」
「嬉しい! じゃありっくん。今度はアタシにもお願い」
「分かった! あーん」
「あーん。うん! りっくんの言う通り、凄く美味しい!」
このバカップルぶりを特等席で見せつけられる怜と桜彩。
怜としては見慣れているし普段は微笑ましく思うのだが、今目の前で見せられると自分達が何をやっていたのか再現されているようで恥ずかしさでいっぱいだ。
桜彩も同様に顔を赤くしてしまっている。
(……俺達、今、あんな感じの事やってたのか)
(……うぅ、私達、あんな感じの事やってたんだ)
そんな感じで照れていると、蕾華が桜彩の持っている肉串へと視線を向ける。
「ほらサーヤ、いつまでも持ってたら冷めちゃうよ」
「そ、そうですね……。あむっ」
言われて桜彩が残った肉と野菜にかぶりつくと、蕾華が獲物を見つけたように目を光らせる。
「あ、れーくんがまた食べたそうにしてるよ。ほら、サーヤ。もう一回あーんってやってあげて」
「え? え? そ、そうなんですか? そ、それじゃあ……あーん……」
完全にテンパっているようで真っ赤な顔のまま怜に肉串を差し出す桜彩。
もうこれ以上はどうしようもないという諦めにも似た感情のまま、怜は桜彩の差し出した肉串にかぶりつく。
そのまま親友二人のニヤニヤした視線を感じながら、桜彩と交互に肉串を食べていった。




