キョウエン 2
カシャン!
スポットライトが当たる。
その光は舞台上で跪く一人の男を映し出した。
語り:
光を受けて男は誰も居ない客席に向かってポツリポツリと話しはじめる。
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えぇ、そうです。
彼女に出会ったのはこの劇場へ来るその道です。
夜。
僕はこの劇場で公演されている劇の脚本を書き上げただけの一作家。
劇が成功すれば脚光を浴びるのは役者であり、舞台監督だ。
名も無き僕の様な一作家が脚光を浴びる事は無い。
幕が上がれば僕がその劇場に通うことは無かった。
だが、僕はあの日から、この劇場に足繁く通うようになった。
劇の成功、役者の出来、そんな事はどうでもよく、僕の目的はただ1つ。
化粧をしていないことは一目瞭然。
しかし彼女の飾り気の無いその肌は夜の街でも透き通るように白く、闇夜に輝く満月のようで。
僕の瞳は、視線は、彼女を掴んだ。
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語り:
恍惚と……
震える手をスポットライトに向かって差し出した男の顔は自分に酔いしれいているよう。
スッと、瞳を閉じて男は更に続けた。
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サラリとした風になびく黒髪は、その長さがあるにもかかわらず、痛みは無く、月明かりを綺麗に反射していた。
黒い天使……
僕には彼女が僕をいざないに来た美しい天使に見え、ボンヤリとただそこに突っ立った。
もうすぐ。
もうスグ彼女が僕の元へとやってくる……
僕の胸はこれ以上無いほどに高まり、近づいてくる彼女のその薄く桃色に輝く唇を見つめていた。
しかし、彼女は劇場から数メートル離れた場所でピタリとその歩みを止め、まるでこの劇場の周囲に結界が張られているかのようにそれ以上入って来ようとはしない。
暫くの間、ウロウロし、劇場を眺め、そして、開演のベルが微かに聞こえると彼女の体はフイッと背中を向けて遠ざかっていくのだ。
何故だ?
何故だ?!
何故だ!!!
私はココだ……なのに、何故彼女は私を見ようともしない!!
等々、僕の体は自然と彼女の背中を追いかけていた。
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語り:
男は、女を追いかけた。
心に強く、深く女を想い、女の背中を少し離れた位置から、女に気づかれぬように何日と無く、幾度と無く、追いかけた。