ネコとネズミと閏月
「干支を変えて貰わなければ、納得致しかねますにゃ」
神様の御前で数千年振りに開催された動物会議は大荒れです。
というのも、その昔『その年の動物の王様にする』という約束で始まった干支制度でございましたが、荒ぶる人族のせいで誰も王様になれなかったのです。
その事について、干支の順番に神様への報告が始まりました。
「子のネズミでございます。我々は昔から人族から食物を取り上げ、徐々に従わせようと致しておりましたが、忌々しい猫族のせいで大勢が殺されてしまいました。起死回生の一撃に病原菌をばらまきましたが、それが更に我々の王への道を閉ざしてしまいました……」
「丑のウシでございます。人族の農耕を手伝い、乳を与えて愛しんでおりましたが……奴らは我々を『家畜』と呼び食うのです。これでは王になどとても……」
「寅のトラでございます。人族の敵わぬ強き存在となりましたが、それ故に共に生きる事が叶いませんでした。しかも、奴らは我々では無くライオンとかいう種族を王などと呼び……」
トラが悔しそうに涙を流しています。
神様は神妙そうにうなずきました。
「卯のウサギだぴょん。彼らは私たちを王などとは絶対に認めないぴょん。あいつらの子ども達は、私たちが『ぴょんぴょん』と鳴くとすら思っているぴょん。無理だぴょん」
「辰ことリュウでございます。神様から『ごめん、お前の能力チートだからやっぱり無しね』と言われて以来、何も出来ませぬ」
神様は小さく手を合わせて、リュウに謝っているようでした。
「巳のヘビにございます。奴らには財を与え、時には脱皮して皮を与えて参りました。しかし『金を! 財産を!』と祈られるばかりで、王とは呼んでくれませぬ。しかも『うわっ、気持ち悪い』などと呼ぶ輩すらおります」
「午のウマでございます。人族には大事にして頂いてはいるのですが、背に乗られて走りまわされたり、大勢の前で競争をさせられたりします。最近は人族の娘に化けさせられて、なかなか人気者の様ですが、これも王と言うには……」
神様が何かを思い出したかの様にスマホを取り出されて、「チッ、リセマラがウマく行かねえなぁ。馬だけに……」とか呟いていましたが、何を確認しているのかは見えませんでした。
「未のヒツジです。人族が眠る際のお手伝いを長年やっておりますが、奴らは私達の毛を刈りモフモフしながら過ごすばかりで、尊敬される事はございません。王など夢の中にございます」
「申たるサルにございます。我々は深慮遠謀、雌伏雄飛、伏竜鳳雛、千客万来を胸に頑張って参りましたが、とある惑星映画のせいで、支配される事を恐れた人族に警戒されてしまい……」
「……千客万来って何だよ。意味わかんねーし……」
神様はサル達と目を合わせません。サル達が小賢しい上に、人の真似をするところが昔から嫌いだった様です。
「酉のトリです。鬼退治の昔話の主役勢になった事がございます。ですが、それ以降は我々を見るのが好きな人族の会が、年末の歌合戦とやらに役立っているのと、我が名を冠したドライブインが聖地として喜ばれているだけでございます」
これは中々の高得点ですが、人族を従わせている訳では無いので、やはり王では無いようです。
「戌のイヌだわん。我々は長年に渡り人族と共に生き、素晴らしい関係を築いて参りました。我々の種族こそが、王たるに相応しいかと思うわん」
この発言に会場はブーイングの嵐です。
「お前らはお腹見せて従っているだけだろうが!」
「人族に尻尾ばかり振りやがって!」
「人族が相手をけなす時に『犬』って使うだろうが、何が王だ!」
余りの罵声に、イヌは耳と尻尾を下げてしまいました。
やはり王では無いようです。
「亥のイノシシだ! 人族の大好きなアニメで主役級の扱いだぞ! 我々は王に相応しいと思っているぞ!」
イノシシが鼻息あらく胸を張ります。自信満々の様です。
「豚じゃん。どのアニメでも勢いばかりで馬鹿にされてるし」
誰かの心ない一言で怒り出したイノシシは、猪突猛進しながら何処かへ行ってしまいました。
「……あかんのは、そーいうところやぞ……」
神様の呟きが聞こえて来ました。お好みでは無いようです。
そして、ある動物の登場に会場が静まり返ります。
神様の前に、美しき姿をした動物が進み出ました。
「ふふふ。干支に選ばれた者共は雑魚ばかりで困りますにゃあ」
「遅刻魔のお主が何の用だ?」
神様がいぶかしげにネコ族の者を見ています。干支の順番を決める時に一日遅れた事を、いまだに許されていないのです。
「にゃんの! あれはあやつが騙したからでございますにゃ!」
鋭い爪で指さしながら、怒りに燃えるネコの眼差しがネズミを捉えていました。
ネズミは震えあがっています。
「そもそも、我々は時間に厳しいにゃ! 起きる時間、食事の時間、遊んでやる時間、おやつの時間。全ての時間で下僕たる人族を完全に従わせておりますにゃ!」
「ほう。その様な事が……」
神様の目が輝きます。
もしかしたら、ネコ族を動物の王と認めるのでしょうか?
「人族のことわざにも『お猫様のお手をお借りしたい』という言葉がある程にゃ!」
「そうなのか? では、我々もネコの手を借りても良いのかも知れんな……」
神様が感心した様にネコを見つめています。
「でも、その為には!」
「その為には?」
「干支を変えて貰わなければ、納得致しかねますにゃ」
ネコの発言に会場がざわつきます。
これまで長く続いて来た『干支制度』を変更しろと言っているのです。
とんでもない事ではございますが、動物の中で唯いつ人族を従わせる事に成功しているネコ族……流石の神様も断る事が出来ないかも知れません。
「うーむ……」
神様は困ってしまい頭を抱えました。
皆も何か良い案がないか話し合っていますが、時間ばかりが過ぎて行きます。
その時でした。
「ネコ様」
皆の前にネズミが進み出て来ました。何か案があるようです。
「何だ! 殺されたいのきゃ!」
ネコは積年の恨みが有る為か、ネズミを睨みつけました。
「い、いえ。これまでのお詫びに、素敵なご提案がございます」
「また、騙すつもりきゃ!」
ネコは更に瞳を細めてネズミを睨みます。今にも飛び掛かりそうな勢いです。
何となくヤバそうな雰囲気に、神様が割って入られました。
「ネコよ。もしかしたら良い話かもしれぬ。ネズミの言う事を聞いて見ようではないか」
「……」
不肖不肖ですが、ネコがうなずきます。
襲われる心配がなくなり、ネズミは手を擦りながら話し始めました。
「今から干支を変えるとなると、大混乱を招きます。そこで……」
「そこで、何にゃ!」
「は、はい。こ、暦には必ずズレが生じます。これを閏と言うのですが、人族は閏月といったものを作って、暦のズレを調整しているのです」
「それが何にゃ?」
「その閏の栄誉を、ネコ様に与えられては如何かと」
「栄誉?」
「はい。閏とは暦がズレるのを、数年に一度の頻度で戻す大切な行事にございます。その大切な閏月を猫月と呼ぶようにしては如何でしょう?」
その話を聞いて、ネコの目が嬉しそうにまん丸になりました。
十二年に一度しか訪れない干支よりも、二年三年という高頻度で訪れる閏月。
この栄誉をネコ族が受け取ると言うのです。
これは、今まで羨んで来た干支動物たちに勝ったも同然でした。
「わ、わかったにゃ! それなら、動物たちに王座を取り戻すために、我ら猫の手も貸してあげるにゃ!」
「そうか! では、ネコよ。これから人族の事は頼んだぞ」
「任せるにゃ! 我らは動物の王様にゃ!」
嬉しそうなネコの表情に、神様も満足そうです。
こうして、満場一致で『閏月』の呼び名が『猫月』になったのでした。
そして現在、世界の暦は太陽暦でございます。
太陰暦の閏月など存在しないのでした。
今日もネコはネズミを絶対に許しません……。
おしまい
作:磨糠 羽丹王
読んで頂きありがとうございます。
『小説家になろう』さんでは長編をメインで執筆しているので、短編も置いて見ました。
何となく「クスッ」として頂けたら幸いです。
もし「面白かった」と思って頂けたら、下の方にあります「いいね!」や☆評価を頂けたら、干支動物と猫が喜びます^^
ありがとうございます
磨糠 羽丹王
※三部作を『ネコとネズミの干支物語』に纏めましたので公開を停止しました。