4.容疑の網
「……袖にもかなりな染みがあるな。派手に茶を零したようだ。……何が切っ掛けになったのかは判らんがな」
思わせ振りにこっちを見るんだが……
「……俺に言えんなぁ、死因は頭頂部への打撃らしいって事ぐらいですね。ただ、打撃の角度にゃ注意した方が良いかもしんねぇです」
「……角度?」
「へぇ。詳しい事ぁ専任の検屍役にお任せしやすが……どうやら後から一発喰らわせやがったみてぇですが、割と高い位置から殴ったように見えるんで」
「……つまり……犯人は被害者よりかなり背の高い者か……」
「それか、被害者が背を低くしてたか……例えば椅子に座ってたとかね」
そう言ってやると旦那は考え込んだ。
「……行きずりの犯行ではないという事だな?」
おぃおぃ……今更それは無ぇんじゃねぇか?
「手を下してから三日ほども経って、改めてこんな場所へ死体を埋めに来たやつですぜ? 流しの強盗がそんな真似するとお思いで?」
「………………」
「屍体は結構深く埋めてありやした。万が一にも獣に掘り返されねぇように、獣除けの薬まで撒いた上でね」
「………………」
「単に屍体を処分してぇだけなら、放って置きゃあ獣か魔物が食って片付けてくれた筈。それをよしとできねぇ事情が、下手人にゃあったって事じゃねぇんですかぃ?」
何つーか……屍体が発見されるのを極度に恐れてたって感じなんだよなぁ……
「……この辺りは雨の前に山狩りをしたからな。屍体を食い散らかす獣がいないと思ってたんじゃないのか?」
「つまり下手人はそれを知ってて、それを受け容れられなかったってわけで。……俺の気のせいかもしれやせんけどね、何だかこの下手人は、身許不明の屍体すら見つかってほしくなかった……そんな気がするんですけどね」
その辺りに下手人の事情ってやつがあるんじゃねぇかと思ったんだが、
「どこぞの冒険者ギルドに、豪く腕の良い屍体鑑定人がいるそうだからな。バラバラになった残骸からでも、確実に身許を割り出すという噂だ」
おぃおぃおぃ……
「一つ判らんのは、足跡がハッキリ遺ってたって事なんだが……屍体を埋めるのに周到だったわりに、足跡に頓着しなかったのはどういうわけだ?」
「さぁ……暗かったんで足跡まで確認できなかったのか、それとも……確かめるのも怖かったのか」
「怖かった……か」
「途中で泡喰ったような勢いで駆けてやしたからねぇ」
あぁも臆病風に吹かれてたって事ぁ、計画的な犯行じゃねぇのかもな。ついカッとなって殺しちまって、怯えながら後始末をしたのかもしんねぇな。
気付くやつぁいねぇだろうとか、足跡なんざ直ぐに消えるだろうとか、楽観してた可能性もあるが……あの足跡から見ると相当ブルっちまってたみてぇだしなぁ……
・・・・・・・・
この一件の顛末を聞いたなぁ、もうちっと経ってからの事だった。
下手人は被害者の管財人で、自宅に訪ねて来た被害者に財産の横領を問い詰められて、発作的に殺しちまったらしい。
ところが被害者の死亡が明らかになると遺言が執行されちまって、財産の横領を隠せなくなるってんで、時間稼ぎのつもりで被害者の失踪をでっち上げようとしたらしい。筆跡を真似た手紙まで偽造してな。
今までにも被害者の筆跡を真似て手形を振り出していたらしく、その伝で誤魔化せると踏んでたみてぇだが……
屍体が掘り出された事で手紙が偽造だって疑いが濃くなり、疑念を払拭するために持ちだしたのが、自分がサインを偽造した手形だってんだから……妙に肚の据わった下手人だぜ。
捜査陣も一旦は誤魔化されかけたらしいが、被害者が失踪前日に出した私信の事を黙っていて、代わりに手形なんてものを比較対照に持ち出した事で疑われ、最後にゃ自宅を捜索され、被害者の血痕を見つけられて、結局はお縄になったらしい。
死霊術の出る幕は最後まで無かったが、死者の無念を晴らす手助けができたわけだし……こういうのも死霊術師の仕事なんだろうな。
今回の話はこれで終わりです。ここまでお付き合いを戴き、ありがとうございました。