3.状況証拠
……いやな、悪い予感がしねぇでもなかったのよ。当番だってぇ警務兵の責任者に名前を告げた時、嫌ぁな目付きで俺を見やがったからな。……あぁ、何だか獲物を見つけた獣みてぇな目付きだった。俺ゃ、知らんぷりしてズラかろうとしたんだが……
「君がエルメントか。噂は聞いている。乗りかかった船というやつで、少し手伝ってくれると助かるんだがな。……あぁ、冒険者ギルドの方には、こっちから事情を説明しておく。……領兵本部にもな」
こちとらしがねぇ駆け出し冒険者なんだ。お上に抗う術も度胸も、持ち合わせてるわけが無ぇだろう?
それでも一応、形ばかりの抵抗ってやつはしたんだぜ?
「……俺ぁ駆け出しの死霊術師なんで。生きた人間を相手にすんなぁ、俺たちの仕事じゃねぇんですがね」
「だが、君は斥候でもあるんだろう? 死霊術ではなく斥候の技能で手懸かりを掴む事ができると、あちらのご老人に大見得を切ったそうじゃないか?」
「――っ!?」
思わず振り向いた先じゃ、爺さんがウンウンと納得したように頷いてやがった。……生温かい好奇の視線を向けてな。
「……屍体を腑分けして検めろって言われても、困るんですがね。そっちの経験はからっきしなんで」
何しろ死霊術師ってなぁ、死んだ直後の屍体にお目にかかる機会は滅多に無ぇからな、実は。腐った屍体とか動く骸骨とか、そういうのの相手をさせられる事が多いんだよ。お門違いだって断ろうとしたんだけどな、
「あぁ、腑分けの方は『癒しの滴』修道会に頼むから、そっちは気にしなくていい」
――と、こっちの退路も塞がれちまったわけだ。
まぁ、変死体の腑分けって事になると、疫病の事も考えなきゃなんねぇからな。「癒しの滴」修道会に頼むのは当然か。
――と、まぁこういった次第で、俺ぁこの件に引き摺り込まれちまったわけだ。
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「……あくまで表面的な事しか判りませんぜ? それでも構わねぇって言うんなら……まず、この屍体は埋められるまで暫く地上に置かれてたみてぇですね」
獣除けに撒いた薬にゃ殺虫効果もあるんでおっ死んじまってるけどな、屍体にゃ蛆が湧いてやがった。その育ち具合から、死後どんだけ経ってるかの見当が付くんだよ。この場合は二日から三日ってとこだろうな。
「――二日から三日だと? その間埋めずに放って置いたのは……」
「雨のせいじゃねぇんですかぃ?」
一昨日の朝まで丸二日、雨が降り通しだったからな。外に出るわけにゃいかなかったろうぜ。況して、屍体なんて荷物を抱えてたらな。
「む……雨は五日前の夜から降りだしたんだったな。雨が上がってから直ぐに屍体を埋めたとすると……」
「雨が上がったなぁ朝方でしたからね。幾ら何でも日の高ぇうちに始末はできなかったでしょうから、埋めたなぁ一昨日の晩か昨夜ってとこじゃねぇかと。屍体の状態とも矛盾しねぇですからね」
「殺されたのは五日前か……平仄は合うな」
……おや……?
「ホトケさんの身許に心当たりでも?」
「まぁな。だが、それより――他に気が付いた事は?」
おぃおぃ……まだご満足戴けねぇのかよ……
「……つってもねぇ……胸元に染みが遺ってんなぁお気付きで?」
「あぁ、気にはなっていたが……何の染みなのか判るのか?」
【嗅覚強化】のスキルを使ってたからな。端から臭いで見当が付いてたぜ。
「多分ですがね、こりゃ茶の染みだと思いやすぜ」
「茶だと? ……茶を飲んでいて零したという事か?」
「胸元に結構な大きさの染みができてるくせに、コートの方にゃ染みが無ぇ。コートを脱いだ後で零したって事でしょうな」
「む……」
「おっと、それがどういう意味かってなぁ、俺の受け持ちじゃありやせんぜ? 俺はただ事実ってやつをを指摘しているだけで」
解釈までは請け負えねぇと言ってやったら、責任者の旦那は徐に屍体からコートを脱がせた。そうすると現れたのは……
明日もこの時間に更新の予定です。