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2.不吉な足跡

「往きと違って、帰りの足跡は歩幅が広く安定してる。これが正常な歩幅だとすると、歩幅から大体の身長が推定できまさぁね。ま、今はそこまでやりやせんけどね」



 ――歩数から歩行距離を算出するためには、(あらかじ)め自分の歩幅がどれだけかを知っていなくてはならない。歩幅の概算値として、自分の身長から歩幅を推定する方法が知られている。

 歩幅は歩く速さに応じて変わるので、ゆっくり歩いた時は身長の0.4倍、普通に歩いた時は身長の0.45倍、大股で速く歩いた時は身長の0.5倍として計算する。

 逆に言えば、遺された足跡の歩幅から、その人物の身長を――大凡(おおよそ)ではあるが――推定できるという事になる。



「ほぉ……そんな事まで判るんかの?」


 ふぅんと感心していた爺さんだが……意地悪そうな目を向けて、



「じゃが、この足跡が後ろ向きに歩いておったらどうなる?」

「後ろ向きに歩いて林ん中へ突っ込んで行く馬鹿はいねぇと思いやすが……ま、ちょいとここをご(ろう)じろ」

「ふむ?」

「林の方へ入って行った足跡と出て来た足跡が重なっている箇所じゃ、全て入って行った足跡が下になっているのがお判りで? つまり――」

「……入って行った足跡が先につけられた……なるほどのぉ……」


 爺さんはそれで納得して感心していたが、俺の方は納得できねぇものを見つけていた。


「……旦那、この痕が判りますかぃ?」

「んむ? ……こりゃ、杖の痕ではないか?」

「やっぱりそう思いますかぃ……」


 だとすると……ちょいと気になるんだよなぁ……


「何がじゃ?」

「まず、杖の痕は飛び飛びにしか(のこ)ってねぇのがお判りでしょう? (のこ)ってる痕はどれもこれも深い……杖で体重を支えたみてぇに深いってのにね」

「……平素から杖をついておる者なら、杖の痕は足跡と並んで(のこ)っておる筈、か。……山径(やまみち)を歩くというので、用心のためそこらの枝を杖にしたのではないか?」

「杖の痕から見て、そうは思えねぇんで……杖の先が()り減ってるのがお判りですかぃ?」

「ふむ? ……確かに、圧痕の底は平坦ではないな。片方が()り減っておるように見える……」

「普段から使ってる杖だってなら、()り減ってんのも道理ですがね」

「平素から杖をついておる者にしては、山径(やまみち)で杖をつかずに歩いておるのは不自然……そう言いたいのじゃな?」

「へぇ。足跡も乱れていやせんし、歩行に困難を感じているたぁ思えねぇんで」


 ……要するに、本来の持ち主じゃねぇ(もん)が、使いもしねぇ杖をついて、(ひと)()の無ぇ山径(やまみち)を歩いてるってこった。……それも、重てぇ荷物を抱えてな。


「ついでに言っとくと、杖は持ち手がL字型の、ダービー・ハンドルってやつじゃねぇかと思いやす」


 〝ダービー・ハンドル〟って言い方は、例の「賢者」のやつが広めたみてぇだけどな。


「何? そこまで判るのか?」

()り減ってんのが一方だけに偏ってる――って事ぁ、常に同じ向きで杖を持ってるって事で。これがドアノブみてぇな持ち手の、いわゆるノブ・ハンドルってやつだと、こうまで偏って()り減るたぁ思えねぇ。もっと満遍(まんべん)無く()り減る筈で。また、持ち手が均等なT字型のやつだと、両側だけが()り減ると思えるんで。……まぁ、長さの不均等なT字型って事も考えられやすけどね」


 ……何となく不吉な気がしてよ、俺と爺さんは黙りこくって、それでも足跡を辿(たど)って行ったんだが……


「こっから林ん中に(へえ)ってますね」

「……おぃ……あれは転んだ痕ではないのか?」

「そうみてぇですね。……地面を落ち葉が覆ってる分、足跡は(のこ)りにくいみてぇだが……」

「何ぞ落ち葉が乱れておるぞ? まるで……誰かが走って来たような……」

「ご明察ってやつですな。……こりゃ、往きの足跡じゃねぇ。何かに追っかけられてるみてぇに、ここまで走って来て……」

「……ここで転んで、落ち着きを取り戻したというわけかの?」

「そう見えますね」

「………………」


 ――一体、何に(おび)えてここまで駆けてきたのか。ここで心を落ち着けて、平気な振りをして街道へ向かったのは何故なのか。


 割り切れねぇ感じを(つの)らせたまま、俺たちゃ更に足跡を辿(たど)ってたんだが、


「……ちょいとお待ちを。気になる臭いがするんで」

「……何ぞ危ない臭いかの?」

「危ないってぇか……こっちか」


 俺ぁ【嗅覚強化】のスキルを起動して、足跡と臭跡を辿(たど)ってその場に着いた。


「……どうやら、ここが終着点みてぇですぜ」

「……ここまで来ると(わし)にも臭うの。……こりゃ何じゃ?」

「獣()けの薬でさぁ。デカいやつは無理でも、狼程度なら寄って来ねぇんで、野営場所の周りに()いたりするんで。……墓場の周りとかにもね」

「……埋めた屍体を掘り返されるのを防ぐため――というわけかの?」



・・・・・・・・



 ――そっから後は言うまでも無ぇだろう?

 俺たちゃ見事屍体を掘り当てちまって、大慌てで当局(おかみ)に報告したわけよ。


 面倒事は全部お上に押し付けて、俺たちゃ晴れてお役御免……そう思ってたんだけどなぁ……


【参考文献】

・フリーマン,R.A.(一九〇九)鋲底靴の男.(渕上痩平 訳,二〇二〇.「ソーンダイク博士短編全集Ⅰ 歌う骨」 国書刊行会,所収)

・フリーマン,R.A.(一九〇九)よそ者の鍵.(前掲書)


明日もこの時間に更新の予定です。

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