1.雄弁な足跡
お久しぶりの「死霊術師」です。今回は四話構成となります。
「……だから、そういうなぁ別に死霊術の専管事項ってやつじゃありませんって。ちょいと気の利く斥候職なら気付く事ですぜ」
「ほぉ、斥候ちゅうのは――あれじゃ、本隊より先に出て、行く手を警戒したり偵察したりするのが仕事ではなかったかの?」
「そりゃ、そういうのも斥候の仕事でござんすけどね、他にも足跡やら何やらで魔物や獣の様子を探ったり、罠を見破ったりすんのも仕事のうちなんでさぁ」
「物好きな爺に付き合ぅて、薬草を探したりするのも――の?」
「違ぇ無ぇ」
その日俺が請け負った仕事は、薬師だか学者だかって爺さんに付き添って、森ん中で薬草を探す事だった。
普通ならこんな護衛任務、斥候職一人で請け負うもんじゃねぇんだが、目的地ってのが偶さか山狩りをしたばかりの場所でな。魔物も獣も粗方追っ払っちまったってぇんで、俺にお座敷が掛かったわけだ。
で、爺さんと連れ立って歩いてる――歳の割に足腰の達者な爺さんだった――うちに、俺の悪評の話になってな……あぁ……謎解きを専門にしてる死霊術師だなんて、根も葉も益体も無ぇ噂のこった。
そりゃ、死霊術で死人から殺しの下手人を訊き出せりゃ早いだろうが、下手人だって馬鹿じゃねぇからな。それなりの対応ってやつはしてくるわけだ。屍体の浄化って手段でな。
死者の霊がその場に留まっていりゃあ、死霊術で話を聞く事もできるだろうけどよ、肝心の霊を追っ払われちまやぁ、俺みてぇな三下の死霊術にできる事ぁほとんど無ぇ。できるなぁ屍体の検分ぐれぇだが、そんなものぁ検屍役や、ちょいと気の利いた斥候職にだって務まる事だ――って話をしてたんだけどな。
「ほぉ……では、斥候職の技能だけでも、手懸かりを拾い出す事はできるちゅうわけじゃな?」
「手懸かりってのが何を指すかにもよりますけどね」
「ふむ……例えば、アレなんぞどうじゃ?」
「――アレ?」
爺さんが指し示したなぁ、街道から外れる小径に遺された足跡だった。
「あの足跡からどんな事が読み取れる? 斥候職としてのお手並み拝見といこうかの」
「――ったく……こんななぁ契約に入っちゃいませんぜ?」
「ま、そぅ固い事を言うな。老い先短い年寄りの、ちょっとした暇潰しじゃ」
「へぃへぃ……」
ま、そんなわけでな。俺ぁその足跡を調べる羽目になったのよ。……あん時に謹んでご辞退申し上げてりゃあ、あんな一件に関わる事も無かっただろうによ……
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「……足跡は往きと帰りの一組ですね。鋲の跡から同一人物と判る」
「ま、そのくらいは不肖この儂にも判るの」
……この爺……
「……足跡はこっから始まって、ここで消えてる。――って事ぁ、ここまでは馬か馬車でやって来て、ここで下りたって事でしょう」
「ほぉ……そう言われてみれば……ここは馬車を隠すのに恰好の立地じゃの」
……確かにそうだ。街道から少し引っ込んだ場所なんだが、上手い具合に木が目隠しになってて、ちょっと見ただけじゃ判らねぇようになってる。……ま、だからって、咎め立てする筋合いのもんでもねぇんだが……
「馬車でここまで来たというのは、遠くからやって来た者だという事かの?」
「そうたぁ限りませんぜ。重い荷物を抱えてたって事もある。足跡もそれを示していやすしね」
「足跡が?」
ちょいと面白ぇなぁこの誰かが、往きには荷物を抱えてたって事だ。それも、結構な重さの荷物をな。
「……林の方へ向かってる足跡ですがね、帰りの足跡と較べて違うのが判りやすかぃ?」
「ふむ? ……歩幅が狭いの?」
ご明察。帰りの歩幅と足跡の大きさから見る限り、俺たちとそう変わらねぇ身長に思えるんだが、それにしちゃ往きの歩幅が狭過ぎるんだ。その理由だが……
「そう。それに、足跡も深くなってる。爪先の部分の深さから、前屈みになって歩いてたんじゃねぇかって事も見当が付く。つまり――往きは重い荷物を抱えていて、帰りは空荷だったって事でしょうな」
「ふむ……」
「足跡がここまでクッキリ残ってるなぁ、一昨日の雨で地面が湿ってたからでしょう。雨の前なら足跡は流されてる筈ですから……」
「……この足跡はそれより後のものじゃという事か……」
爺さんは少し感服していたようだが、このまま足跡を追ってみようと言い出した。
「何やら面白そうではないか。ここで下りるという手は無かろうて」
「単に粗大ゴミを捨てに来ただけって気もしますがね」
ま、吹けば飛ぶよな駆け出し冒険者の身としちゃ、下手に客の希望に逆らうわけにもいかんわけだ。そんなわけで、俺たち二人はブラブラと小径に踏み込んで行った。……足跡を踏まねぇように注意してな。
明日もこのくらいの時刻に更新の予定です。