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少女飛翔セプテントリオン  作者: 柚月 ぱど
第一篇 Fly High!
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第七話

すみません、少し遅れました!

 リンドウから、自宅から逃げ出した時も、癖で操縦用の装備を持って来てしまったことは、本当に皮肉が効いていて笑えない。帽子やゴーグル、手袋の類は最早僕から取り上げることの出来ない要素のように思えて、こんな状況でもセプトに乗ることを考えているんだなと意識させた。きっと無意識的にだが、セプトにでも乗って気晴らししたいと思っていたんだろう。ホエールズのエースであった姉と喧嘩してまでも小型機に乗ろうというのだから、僕は生粋の飛行機乗りらしい。


 自宅を飛び出すと、そこは深い暗闇で覆われている。街灯の類は設置されているが、まだ夜に目が慣れていないのか、あまり周囲の状況を仔細に読み取ることはできなかった。しかしこの辺りの地理は殆ど頭に入っていたので、暗闇が原因で迷子に陥るとかそういった馬鹿なことは起こらない。僕は帽子を被り直して、着っぱなしだったホエールズのジャケットのポケットに手を突っ込んで歩く。意識していなかったが、足先はやはりセプトが停めてある発着場に向かっているようだった。


 夜道を歩きながら、先ほどの言い合いの一部始終を思い出す。リンドウの言葉に僕が憤慨して、噛みついてしまった会話。あれは確かにはっきりとものを言わないリンドウに非があるようにも思えたが、それ以上に冷静に話を聞いてあげられなかったこちらにも過失があったように見える。だけどこちらか少し悪いとわかっていながらも、素直に認めて謝罪しに帰る気は起きなかった。多分それは僕がまだ幼いからで、きっとリンドウは先ほどの喧嘩を自省して、すぐにでも謝りたいと思っているかもしれない。そういう部分で僕とリンドウの違いが見えてしまって嫌になるが、年齢的にもだいぶ離れているので仕方がないと思いたかった。まぁそういう風にいつまで経っても言い訳しているから、彼女に追い付くことができないのであろうが。


 そんな風に直前の喧嘩を思い返しながら歩いていると、すぐにセプトが停めてある発着場に到着してしまう。この時間に十五の子どもが発着場にいること自体が珍しいため、下手に声をかけられないように素早く地下二階へ移動する。幸いなことに警備員や大人に見つかることなく、セプトが停めてある場所まで辿り着くことができた。僕はそのままゆっくりと息を吐いて、セプトに掛けてあった布のカバーを外し始める。


 布のカバーを退けていくと、彼の白銀のボディが現れた。その美しいフォルムは、鬱屈に沈んでいた僕の心を優しく過ぎ去っていって、いつまでも同じような姿でいてくれる。彼の様子に少しだけ元気を取り戻して、僕はそのまま操縦席に座り、エンジンを起動させた。


 普段通りのシークエンスを行って、僕はスロットルを開けながら手袋とゴーグルをつけた。この時間帯に飛行する場合はライトを点灯させなければならないので、忘れないうちに付けておく。あらかたの準備が完了したことを確認して、セプトをカタパルトへ誘導した。


 二百フィートある滑走路に到着すると、やはり飛翔前の興奮が湧き上がってきて、脳内にアドレナリンを分泌させる。僕は機体の最終チェックを行った後、アクセルを限界まで踏んでブレーキを外した。

 勢いよく機体が前進を始めて、僕を暗がりの空へ解き放つ。涼しい夜風が頬を優しく撫でて、少しだけ温かい気持ちにさせる。また空へ帰ってきた。姉さんと喧嘩をしている最中なので、僕の本当の家はこの夜空だけに思える。白い星々を移す星空はこちらを歓迎するように揺らめいて、僕に安心感をもたらした。


 モカ・ディックの周りを飛びながら、取り敢えずしばらく飛行していれば気が晴れるだろうと安易な想像を膨らませる。でもそんな安直な思いを抱けるほど、空を駆け巡る感覚は他に形容しがたい魔力を秘めていて、僕を掴んで離さない。操縦桿を切って、風の流れを変える感覚。アクセルを少し踏み込んだ時の、あの加速感。そして何より、高い位置から見える居住艦や雲々の景色は美しく、見る人全てを魅了するのだろう。夜空を飛んでいる内に、僕はリンドウとの喧嘩について次第に忘却しつつあった。多分それくらい空を飛翔するという行為は高尚なもので、僕の心を柔らかく受け止めてくれる。モカ・ディックの上面をしばらく周遊しながら、そろそろ本当に姉との喧嘩について頭の片隅から消えかかっていた時だった。


 ふと、背後からエンジンを駆動音が聞こえた。もちろん、この音はセプトが発する者じゃなく、別の機体が鳴らしているエンジン音だ。その音を聞いて、僕は瞬時に後方を振り返る。セプトの背中側にはライトなど付いていないので、その様相を鮮明に窺い知ることはできなかったが、それでも爆音を伴いながら、一機の小型機がこちらへ突っ込んできているのは理解できた。


「――ッ!」


 瞬間的に操縦桿を切った。それと同時に機体の主翼が形を変えて、進行方向を変更してくれる。操作性がかなりピーキーなこともあって、逆にセプトは素早いハンドリングが可能だ。そのことが幸いして、背後から小型機に追突されるという最悪の事態を回避することに成功したらしい。一秒まで僕の機体が飛んでいたところを、一機の小型機が全速力で通過していく。その風圧が少し距離を置いた僕の元にも届いて、ゴーグルのレンズを震わせた。


「何だ?!」


 勢いよくセプトの軌道を変更したから、機体が大きく傾いて操作がおぼつかなくなってしまう。だけどこんなところで墜落するわけにもいかないので、必死に操縦桿を握ってコントロールと取り戻そうと躍起になる。そのおかげで何とか機体制御を取り戻すことに成功して、僕は荒い息を吐きながら前方を見つめた。


 緑色の小型機が、前方を猛スピードで過ぎ去っていく。乗っている機体は普通の小型機ではあるが、制限速度を超過して機体を滑らせているようだ。僕は操縦士の顔でも見てやろうと思って目を凝らすが、そのパイロットの目が光っていることに気が付くのと、背後からまた猛スピードで小型機の群れが通過してくるのはほぼ同時だった。


 驚異的な風圧が僕の両頬を叩く。小型機による乱気流で再度セプトの姿勢制御をロストしそうになるものの、なんとか操縦桿を操作して持ち堪える。何事かと思って顔を上げると、セプトの周りを通過していったのは白い塗装が施された小型機の群れであり、魔女狩りの警邏機であることを示唆していた。


「魔女狩り(ハンター)の機体? やっぱり、あの緑の奴は魔女なのか」


 独り言ちると、前方を突き抜けていった魔女狩りの機体から、拡声器によって拡張された声色が流れ出す。


「緑の小型機、止まれ! どうしたって逃げられんぞ!」


 魔女狩りの絶叫が響いて、モカ・ディックの上空を木霊した。やはり、魔女狩りたちが魔女を追跡しているらしい。僕はその様子を傍観しながら、唇を噛み締めていた。一日で二回も魔女狩りに遭遇するとは――単に運がないだけなのか、それ以上の意味があるのかはわからなかったが、どちらにせよ関わって碌なことはない。そう思ってそのまま最寄りの発着場に戻ろうとして、ふと脳裏にリンドウの顔が浮かんだ。魔女狩りに転向した姉。僕に断りなく、危険な仕事を選択した彼女。リンドウのことを思い出して、不意に少しだけ苛つく自分に気が付いた。僕のためを思って魔女狩りになった? 馬鹿らしい。僕は自分で稼ぎを得ることができると言うのに、どうしてそんなこともわかってくれないのか――それはきっと、リンドウがまだ僕のことを子どもだと思っているからで。彼女にとって庇護対象なのだ、僕は。だから何を置いてもそれが一番いけない。僕はもう自分で働ける大人であって、リンドウに保護される子どもではないのだ。そのことをわかってくれないから、彼女は魔女狩りなんて仕事に手を付けたんだ。


 気が付いた時には、僕の足はアクセルのフットペダルを踏み込んでいた。何をやっているんだ――白熱した脳に残された幾分か冷静さを持った自分が、身体にそう問いかける。そんなことをして、一体何になる? 下手すれば怪我じゃ済まないぞ――そんなことはわかっている。でも、それでも、だ。


 姉さんが魔女狩りをやろうというのなら、僕が子どもじゃないってことを証明してやる。


 セプトが踏み込まれたアクセルに応じて、機体の速度を上昇させた。操縦席の正面にあるディスプレイに備え付けられた速度計が、みるみる内に右へ傾いていく。時速百マイルを超えて、時速百二十マイルで速度計は振り切れた。目の前の風除け――フェイスガードが風圧で軋み始めて、直接的に速度超過を知らせてくれる。それでも僕はアクセルを踏み続けて、前方を過ぎ去っていた一団に追い付こうと躍起になった。


 そもそもセプトは他の小型機に比べて限界到達速度も高くなっていて、それは暗に他の機体よりも速度を出せることを示している。だからアクセルを限界まで踏んで直進したセプトはどんな小型機よりも早くて、僕を追い越していった魔女狩りの警邏隊にさえ一瞬で追い付いてしまった。


 警邏隊の脇を超速度で通り抜けて、更に前方を駆ける緑色の機体を射程圏内に捉える。魔女が駆る緑色の小型機はシングルエンジンの一般仕様なので、まず間違いなく追い付くことができるだろう。そう思っている内にセプトと緑色の小型機の直線距離は縮まっていて、ようやく搭乗者の輪郭が確認できるまで接近した。


 これからどうする――? 高速で飛翔するセプトの中で僕は考えた。真下はモカ・ディックの街並みが広がっているので、下手に墜落させることはできない。しかし相手は魔女だ。下手に遠慮してかかれば能力を使われて返り討ちに遭う可能性もある。だけど、こちらには武器も携行品も何もない。できることと言えば接近して圧力をかけることくらいだったが、そんなことをしても無意味だろう。と、そこまで考えて、ここまで来たは良いものの、打つ手がないことに気が付く。あくまで僕は一般人であって、特別な権限も装備も持たない。前提としてこうやって魔女を追跡しようなどという阿呆な行為をやっていること自体が間違いなのだ。でも、それでも僕に止まることはできなかった。それは脳裏をリンドウの影がよぎるからで、どうしても彼女を見返してやりたいと息巻いてしまうのだ。


「そこの白い奴! 何をやっている! その緑色の小型機に乗っている奴は魔女だ! 下手に近づくと殺されるぞ!」


 背後から拡声器によって拡大された声が響いて、僕に多少の冷静さを取り戻させてくれる。確かにこのまま接近すれば能力を使われてこちらが墜落してしまうだろう。そう思って少し逡巡していると、目の前を駆ける緑色の小型機が急に針路を変更して、急激に下降し始めた。その方向だと、間違いなくモカ・ディックの市街地へ向かっている。こちらを警戒して巻くつもりか――と、そこまで思考が及んだ僕は、下降を始めた前方の機体よろしく、操縦桿を思いっきり押し込んだ。


 機体が急激に高度を下げていって、上方向へのGを投げかける。身体全体が浮遊するような感覚を覚えながら、それでも操縦桿を押し込むことを止めなかった。セプテントリオンは地面へ失墜するように急下降を続けて、先に下降を始めた魔女の小型機を捉えて離さない。機体が急激な下降動作に軋みを上げるが、それでもセプトはその勢いを殺すことはなかった。


 すぐにモカ・ディックの繁華街が目の前に近づいてきて、このままでは地面に正面衝突してしまうという恐怖が心を埋める。だけどまだ操縦桿を起こすわけにはいかない。ここでこのチキン・レースに負けて機体を戻せば、また魔女に距離を離されてしまう。そうなれば再接近している間に巻かれてしまう可能性だってあった。ここで逃がすわけにはいかない。そういった、いわば躁状態に陥って、緑色の機体が機首を戻すまで操縦桿を下げ続けた。


 流石に下降し続けることに恐怖を覚えたのか、緑色の機体を駆る魔女がこちらをチラチラと振り返る。彼だか彼女だかは知らないが、相手もこのまま落ち続けることの危険性を感じ始めたようだ。速度としてはこちらが勝っているから、早いところ機首を上げないと相手よりも墜落の危険性自体は高い。だけど僕は唇を噛み続けて機首を下げたままキープし、相手が根負けするのを待ち続けた。


 すると、遂に魔女は機体の機首を上げて、繁華街への衝突コースを回避したようだ。僕もそれと同時に機首を上げて、機体をモカ・ディックと平行な状態へ戻す。地面ギリギリまで下降を続けていたから、機体を元に戻した動作で、モカ・ディックの路上を走っていた通行人がセプトの風圧に耐えるように顔を覆う。上空からの珍客に驚いたのか、車道を走る車もクラクションを鳴らしてくれた。


 しかしここまで耐え続けたことで、魔女の機体の真横につけることに成功する。地面ギリギリ――車が往来する車道の真上を飛行し続ける僕たち機体は、完全に現行の航空法違反の状態だった。


 相手は追手を巻こうとしていたのかもしれないが、僕に隣へ付けられたことで、その思惑は霧散しているはず。そうなればもうこちらのペースに巻き込めばいいわけで、僕はここに来て、ようやく名案を思い付いていた。


 一マイルほど先に、大きい公園があったはずだ。そこに緑色の奴を不時着させれば、夜で人もいないだろうし、人的被害も少なくできるはず。そう考えた僕は、ほぼノータイムで実行を決意する。


 僕はセプトを緑色の機体の方へ接近させて、いわゆる幅寄せを行う。魔女はこちらの気力に押されたのか、すぐに機体を避けてくれた。先ほどの上空で戦闘に陥れば、魔女はその能力を存分に発揮して応戦してくるだろうが、このような繁華街では被害が大きくなり過ぎるため下手に攻撃をしてこないはず。そう考えたのは間違いなく今朝のセレストの一件があったからで、彼女のように無暗に人を傷つけないという性情が、この魔女にも当てはまることに賭けたのだ。


 機体の幅寄せで、緑色の奴はセプトとビルに挟まれることになる。そうすることで上昇しか逃げ道をなくしたのだが、それでも上空にはまだ警邏隊が残っているので、安易に空へ逃げることもできない。魔女は痺れを切らしたのかこちらに手のひらを向けてきたが、特に何かしてくる様子はなかった。やはり繁華街で攻撃を行うことに迷いを感じているらしい。奴が攻撃してこないかは賭けであったが、どうやら僕はその賭けに勝利したようだ。


 緑色の機体の逃げ道を塞いで、そろそろ目的の公園に到着しようというところ。僕は前方に自然公園が見えてきたことを確認すると、セプトを微妙に上昇させて緑色の機体を下方へ追いやった。そうすることで魔女は完全に逃げ道をなくして、下降を続けるしかなくなってしまう。


 少しずつ地面か近づいてきて、魔女は焦り始めたようだ。彼――彼女のようだったが、相手はこちらに再度手のひらを向けてきて、能力を発動させようとしたらしい。だけどやはり能力を使うことはせず、苦虫を嚙み潰したかのような表情を浮かべる。僕は彼女を見やって、遂に操縦桿を一気に押し込んだ。


 それと同時に、機体が一気に下降を開始した。緑色の奴はこちらを回避するため、また機首を下げる。しかしいきなり下降させたことが原因で、緑入りの奴は機体のバランスを崩したようだった。そのまま緑色の機体は上部に位置するセプトの気流に煽られ、一気に沈み込んでいく。だけどちょうど緑の機体が接触する場所が公園の木々が生い茂っているところだったから、人混みに突っ込むなんていう悲劇は起きない。


 魔女の乗った小型機は姿勢を崩して、自然公園の土地へ不時着――もとい墜落していった。その様子を見守りながら、僕は下げた機首を元に戻して、そのまま機体を上昇させる。それと同時に額にこびりついた汗を拭って、肺に溜まった淀んだ空気を一気に吐いた。やった、成功だ――僕はこの瞬間、逃亡を続けた魔女を、単独で制圧することに成功したのだった。

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