表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女飛翔セプテントリオン  作者: 柚月 ぱど
第一篇 Fly High!
7/25

第五話

 リンドウが魔女狩りをやっている。その衝撃的な事実は思考回路をこれでもかと蹂躙し尽くして、冷静な判断力を奪い去っていった。畏敬の対象だったリンドウ。彼女が何故魔女狩りなんて仕事に手を付けたのかわからなかったが、それでも心の中は反駁したい気持ちで満ち溢れていた。


 セレストを拘束した魔女狩りたちは、そのまま何食わぬ顔で格納庫を後にした。残された僕ら、メカニックたちは先程の惨状から目を背けようとしてか、各々がそのまま通常業務に戻っていく。しばらくしていつも通りの作業音が響き始めて、どこか違和感を禁じえない自分がいた。


 リンドウに取り残されて、僕は整備していた機体を支えている台座に残された、赤黒い痕を見下ろす。この痕はもちろんセレストがリンドウによって足を撃ち抜かれた際に残ったものであり、つい先ほどまでの惨劇を思い出させるようだった。しかし、格納庫には空薬莢が転がっていたり銃痕が残っていたりしていたものの、いつも通りの作業音が響いている。なんだ、これは。まるで自分だけが日常から取り残された感覚。自分だけが周りの環境から乖離してしまった違和感。僕の傍にはセレストが残した血痕があって、その赤々しい光りだけが僕を現実に引き留めているようだった。何故みんな何も言わない。どうしてセレストを庇おうとしない――だけど、僕はどうしてメカニックのみんながセレストを庇わなかったのかを良く理解していた。それはリンドウの言う職務執行妨害。すなわち魔女狩りの仕事の邪魔をしてしまった場合、その当人も拘束されてしまう可能性があったからだ。一般的に魔女は人間に仇なすものだと説明されている。しかし中には直接的な被害を被ったという例がないため、魔女を守ろうとする一派も存在した。だけど亜人保護組織ハントは職務執行妨害規定を設けることによって、より円滑な職務遂行を実現したのだ。亜人保護組織はいわゆる国際組織であり、国を跨いでの活動が許可された超法規機関である。だからメルヴェル連邦という一つの国がその規定に対して反対することはお門違いだし、それ故に魔女狩りの狼藉が黙認されてきたという過去があった。やはりいくら国だと言えど国際法に則って設立された国際組織に反駁の狼煙をあげることは不可能に近いということだ。しかしそのように魔女狩りの馬鹿げた職務を披露されて、僕の日常は明らかに破壊されてしまった。それ以上に、セレストは良い女の人だった。ちょっと皮肉屋で傷付きやすい一面もあったけれど、他人に対する思いやりがあって、そして何より僕を可愛がってくれていたのだ。そもそもセレストは、魔女狩りに対して直接的な危害を加えてはいなかった。しかしリンドウはそんなセレストの足を小銃で破壊して、そして拘束してしまう。誰も怪我をさせないように立ち回っていたのにだ。だから、僕はそんなことを黙って受け入れるほど大人でもなかった。セレストのためにも、今夜リンドウに抗議しよう。そういった思いが僕の胸の内を駆け巡っていて、義憤という名の安易な反意を呼び起こすのだった。


 その後、僕はセレストの血痕や空薬莢を掃除して片付けて、通常業務に戻った。格納庫で作業をしているメカニックはみんなセレストの件に触れることを忌避しているようで、みな無言で黙々と仕事を続けていた。そんな僕も仕事をほっぽいて姉に抗議しに行くわけにはいかないので、取り敢えず終業時間まで業務を続ける。その間、胸の内に蔓延る青い炎が消えゆくことはなく、それ以上に僕を義憤に駆り立てた。リンドウのやったことは間違っている。それだけは確かなことに思えて、内にあった若干の迷いを断ち切ってくれるようであった。


 そんな風に仕事を続けていると、久しぶりに一段と長く感じた業務時間が終了を告げる。メカニックのみんなは普段であればこれから飲みに行ったりするのだが、今日だけはそんな気力も湧かないようであった。同僚の仲間たちはみな無言を合言葉にして、黙って自宅への帰路に着いたらしい。僕もその例に違わず、自宅に戻るために会社の発着場へ向かった。


 セプトの前までやってきて、そこで心なしか彼の色合いが薄れているように思えた。それは恐らく僕の心がそのままセプトに表れているからで。一人自嘲しながら、そのままセプトに乗って、ビッグ・ブルーを後にした。


 夕焼けが白い雲々を優しく染め上げていて、物悲しい気分にさせる。今日はいつも以上になんだか重苦しい気分だった。セプトに乗っているはずなのに、なんだか楽しくない。小型機に乗って楽しいと感じないのは本当に珍しいことだった。多分それほどまでにセレストの件が心を抉っていたのだろうし、それ以上に人が変わったようなリンドウが信じられなかったんだと思う。


 モカ・ディックに到着してセプトを停めた後も、心の内は晴れなかった。そのまま自宅の玄関を潜って、手洗いを済ませないまま寝室へ戻る。部屋は相変わらずの散らかりようを見せていたが、もうそんなことどうでも良いと思えた。そのままホワイト・ホエールズのジャケットや帽子を脱ぎ捨てて、ベッドに倒れかかる。急に体重を支えることになったベッドは大きく軋んで、しかし僕のことを呆れたように受け入れてくれた。枕に顔を突っ込んで静止していたが、なんだが馬鹿らしくなってベッドの上に仰向けに横たわる。カーテンの隙間から淡い夕日が漏れ出ていて、どうしようもなく感傷的な気分にさせた。電気をつけていないから部屋の中は少し暗かったが、それでも夕日が室内を照らし出してくれて、視界の中にあのホワイト・ホエールズのポスターを導き出す。


 ポスターには大空を自由気ままに駆け巡る何機かの小型戦闘機が映されていて、その中にリンドウがいたのかなと意識させた。セプテントリオンに乗って、空を縦横無尽に駆け回っていたリンドウ。あの頃の彼女は輝いていた。ホワイト・ホエールズのエースとして戦っていた彼女は英雄として讃えられていて、僕も内心充実していたのだ。だけど、リンドウは魔女狩りになってしまった。僕には彼女が魔女狩りになった理由がわからない。なんで空を駆け回る自由の申し子から、亜人を捕らえる薄汚い仕事の執行者へ堕ちてしまったのか。あの頃の彼女に戻って欲しい。僕はそんなことを思った。しかしその夢がどれだけ儚いものであるかは重々承知している。運命とはきっとこういうことを指して、ままならない人生を描写しているのだろう。それほどリンドウの真実は僕の心を打ち据えたし、ドロドロした執着の念を抱かせた。


 ホワイト・ホエールズのポスターから顔を外して、両目の上に腕を置く。これ以上考えても結論は出ないし、無意味なことには違いないだろう。だからもう眠ってしまえば良い。どちらにせよリンドウが家に帰ってくるのは夜中だし、それまではどんなに自由にしていたって問題はないのだ――そう思ってそのまま視界を遮断して眠ろうと努めたが、色々ありすぎたからか、すぐに睡魔が襲ってくる。その眠気に身を任せていると、段々と意識が摩耗してきて、じきに深い眠りの底に沈んでいくのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ