第95話 殺人鬼は己を知る
戦争の簡単な後処理を終えると、僕達は車両に乗ってノルティアスへの帰路に着いた。
あとのことは別の部隊がやってくれるそうだ。
僕達は外交と戦闘がメインの役割だった。
詳しくは知らないが、他にも専門があるのだろう。
とても疲れていたので、あまり訊く気にはなれなかった。
車両の座席に腰かける僕は、荒野を眺めながら揺られる。
全身各所に血みどろの包帯を巻いた状態だ。
マザーAIとの戦いで欠損した箇所は既に再生しつつあった。
原形を失った心臓も鼓動を再開し、千切れ飛んだ両腕も繋げてもらった。
ホッチキスのような器具で無理やり固定しただけなのだが、なぜか動かせるようになっていた。
右手首と首にはコード付きの装置が着いている。
コードの先は伯爵の操作する端末に繋がっていた。
それはテクノニカから奪ってきた装置である。
人体の状態を精密に調べられる機械らしい。
操作を終えた伯爵は、顎を撫でつつ満足げに唸る。
「ふうむ、これは進化だね。君は人間の延長線に転がり込んだようだ」
「延長線ということは、人間なのですか」
「そう考えていいよ。際立った特殊能力は発現しておらず、外見上の変化もないからね。ただ不死身になっただけだ」
エマが調査したところによると、テクノニカでの食事には様々な種族の血肉が含まれていたそうだ。
それらの摂取によっても、僕の肉体は着々と変容していたという。
マザーAIとの戦いは、あくまでもきっかけに過ぎなかったのだ。
最後の一押しになっただけと考えた方がいいのだろう。
結果、追い込まれた僕は急速に進化した。
脳を潰されても心臓を切り裂かれても死なない肉体を獲得したのだった。
それでも分類上は人間だという。
身体の造りはまったく変わっていないからだ。
ただ怪力を発揮したり、少し再生したり死なないだけで、他の面では人間と変わらないのである。
十分に人間の領域を超えている気がするが、その辺りはよく分からない。
僕のような例は他にも存在するらしい。
人間のみに発生する現象で、これを恐れて人間を家畜にする種族もいるとのことだ。
僕が知らないだけで、人間とは大いなる可能性を秘めた存在のようだ。
そういった知識を披露したエマは僕の頭に手を置いた。
「特殊環境における変異は珍しいことだよ。今では投薬や改造手術が主流だからね。君のようなパターンは貴重だから誇っていい」
「ありがとうございます」
今度は前の席に座っていたロンが、竜の鱗が生えた手を覗かせながら笑う。
爬虫類のように変化した瞳は、興味深そうに僕を凝視していた。
「傷が治ったら試合でもするか。不死身の人間と戦うのは初めてなんだ。存分に殺り合おうぜ」
「……そうですね。楽しみにしています」
竜の力を持つロンに敵う気はしないが、不思議と死なない確信があった。
肉体と意識がさっそく馴染み始めているのかもしれない。
殺人鬼である僕は、薄く笑うのであった。




