第91話 殺人鬼は死を感じる
僕は血反吐を垂らしながら呼吸する。
些細な動作で激痛が弾けた。
ぼやける視界の中、義体が僕の太腿から槍を引き抜いた。
支えを失った僕はその場に崩れ落ちる。
割れた胴体を繋げようとしていると、マザーAIの声が降ってきた。
「終わりですね。心臓も破壊しました。あなたの再生能力では治癒できませんね」
「……、…………っ」
声が出ない。
血の咳を吐いただけである。
もはや自分の傷の状態すら確かめる余裕がない。
斧の一撃は僕の心臓を叩き割ったろう。
吸血鬼の再生力では脳と心臓は治せない。
僕は切断された腕をたぐり寄せて、必死に断面同士を密着させた。
皮膚と肉が繋がっていく感触があるものの、いつもより明らかに遅い。
僕自身の生命力が僅かしかないためだろう。
治癒力が十全に発揮されていないのだ。
膝立ちになった僕は呆然と義体を見上げる。
シルエットでしか分からないが、義体は再び斧を振り上げていた。
(これが死の気配か)
僕は冷静に認識する。
心臓が正常なら鼓動が速まったかもしれないが、残念ながらもう機能していない。
傷口から溢れた血は全身を濡らしていた。
たとえ心臓が無事でも、この出血量は致命的だろう。
「苦痛が長引くのは辛いでしょう。すぐに殺して差し上げます」
義体の声が頭の中で反響する。
斧を動かそうとする気配がした。
僕は瀕死の身体から力を抜くと、そのまま敗北を認め――ることはなかった。
斧が脳天に突き立つ前に前のめりに倒れて、義体の腰にしがみ付く。
「――何ですか。無駄な抵抗はやめてください」
頭の中の音はまだ止んでいない。
きりきりと殺意が引き絞られている。
目の前の獲物を殺せとしぶとく主張していた。
死体同然となった僕の身体は、根付いた本能に衝き動かされた。
両手がするりと義体の胴体を這い上がり、それに引かれて僕の身体も持ち上がった。
力は微塵も入らないはずなのに、流れるように動いた。
僕は義体の頭部に顔を寄せると、掠れた声で告げる。
「鈍色の金魚は砂漠に消え唄いますか?」