第89話 殺人鬼は最終決戦に挑む
僕はエマに不要な武器を渡し終える。
残された武装は散弾銃と拳銃、それに手榴弾がいくつかだ。
近接武器にはナイフを二本持った。
(これでいいだろう。きっと最適の装備だ)
結局、無難な形になった気がする。
そこまで強力な武装は持ち合わせていない。
僕は殺人鬼だが、戦闘のプロではなかった。
仮に重火器があったとしても、持て余してしまうのは目に見えていた。
だからこそ使い慣れた武器を選んだのだ。
いずれもマザーAIの戦闘義体を破壊するには不十分だろう。
それをどうにかするのが殺人鬼の才覚である。
僕は両手にそれぞれナイフと拳銃を握ってマザーAIと対峙する。
「お待たせしました」
「準備はできましたか?」
「はい、大丈夫です」
僕は意識を研ぎ澄ませて、目の前の標的だけに集中させた。
この殺し合いに絡むあらゆる事情や因縁を頭の外に追い出す。
噛み合う殺意を全身に浸透させて、肉体を一つの機械として認識する。
昂りそうな心を抑え込み、目的遂行だけを念頭に据えた。
マザーAIは槍と斧を軽々と回す。
そして穂先を僕に向けた。
「一方が死ぬことで勝負は決する。そう解釈してよろしいですね」
「それでお願いします」
「分かりました。マザーAIとしてのバックアップを消去し、全データをこの義体に移しましょう」
マザーAIが数秒間動かなくなる。
どうやら宣言通りの処理を行っているらしい。
つまり彼女は、機械としての不死性を失ったのだ。
義体に一つだけの命を宿している状態である。
生物と何ら変わらない形だった。
それだけ僕との殺し合いに真剣なのだろう。
彼女は自らの死をも平等に整えている。
「僕のわがままに付き合わせてしまってすみません」
「構いませんよ。あなたの提案がなければ、無抵抗に破壊されるだけでしたから」
マザーAIはどこか吹っ切れた調子で述べる。
心なしか人間味が感じられた。
バックアップという後ろ盾を削り、人工知能の王という肩書きを実質的に捨てたからか。
彼女は名もなき個人になった。
そして僕と殺し合う。
(なんて皮肉な話だろう)
現状に笑いが込み上げそうになる。
一方は殺人の機械になり切ろうとして、もう一方は本質が人間に迫った。
そうして交わされるのは、命を奪うための攻防だとは。
奇妙な縁すら感じてしまいそうだ。
限りなく人間に近付いた彼女は、二種の武器を流れるように動かした。
明確な殺意が、照準を絞るようにして僕を捉える。
「――では、参ります」