第87話 殺人鬼は理性と狂気に揺れる
場に沈黙が訪れる。
それを破ったのはマザーAIだった。
「支離滅裂です。外交官として停戦を提案しながら、殺し合いを希望する。あなたの思考が理解できません」
「今から詳しく説明します」
僕はまた一歩進んだ。
鼓動が着々と速まっている。
緊張によるものではない。
獲物へにじり寄るような感覚だ。
意識は既にマザーAIを獲物に定めている。
脳裏で噛み合う殺意が、身体を衝き動かそうとしていた。
ただし、理性は順序を大切にしている。
故に軽率な真似は取らない。
二つの感情に揺られながら、僕は身振り手振りを加えて説明する。
「まず今から二人で殺し合いをします。そちらが勝てばノルティアスは撤退します。僕が勝てば、テクノニカにはノルティアスの傘下に入ってもらいます」
そこまで言い切ったところで、振り返ってエマに確認する。
「いいですか?」
「大丈夫だよ。ノルティアスはこうして攻め込んでいるけど、テクノニカを滅ぼしたいわけじゃないからね。暴れることが目的だから、もう達成できているんだ」
なんともノルティアスらしい事情だった。
流れのままに滅ぼそうとしているが、別にそこは誰も望んでいないのだ。
ノルティアスはあくまでも殺人が至上である。
それ以外については無頓着だった。
僕がこうして勝手な提案をしたところで支障がないのである。
もし潔く撤退する形となっても、エマなら躊躇いなく従うだろう。
ロンと伯爵も口を出してこない。
むしろ興味津々といった様子で僕とマザーAIのやり取りを傍観していた。
既に観客のような気分でいるようだ。
(反対されないのならそれでいい)
僕にとっては好都合だ。
もし反論された場合、言い任せる自信がなかった。
間違っているのはこちらなのだ。
説明すればするほど矛盾や非合理性が溢れてくる。
僕は正面に向き直り、話を再開させた。
「マザーAI専用の戦闘義体があるのは知っています。それと僕が戦う形で勝敗を決められればと思います。どうですか?」
「…………」
返答がない。
人工知能が黙り込むとは、非常に珍しいことだ。
彼女達は常に正しい答えを自らの中に持っている。
すべてはプログラムに基づいて進み、惑うはずがない。
判断に遅れが生じないのだが、何事にも例外はあるようだ。
一分ほど沈黙していたマザーAIは、ようやく答えを出した。
彼女は先ほどまでとは僅かに違う口調で述べる。
「面白い提案ですね。良いでしょう。あなたの考えに乗ります」




