第86話 殺人鬼は主張する
エマが僕の顔をじっと見つめる。
感情の読めない眼差しだ。
きっと彼女の気分次第で僕の命は潰えるだろう。
それを自覚しながらも、不思議と恐怖はなかった。
覚悟ができているからかもしれない。
やがてエマはあっさりと答えを出した。
「いいよ。何事も挑戦が大切だからね。そっちの二人はどうかな」
「ダニエルが言うなら構わねぇよ。危なくなったら手出しするけどな」
「私も同意見だね。せっかくの機会なのだから、自由にやってみたまえ」
ロンと伯爵も承諾する。
助けられた身が生意気に要求しているというのに、嫌な顔一つと見せずに応じてくれた。
「ありがとうございます」
僕は三人に感謝の言葉を述べる。
続けてマザーAIの収められたガラスの柱へと近付いていく。
容姿不明の王は、僕を興味深そうに観察する。
「どうしましたか、N303。なぜ攻撃を中断させたのでしょう」
「話をしたかったからです。このようなあっけない幕引きは望んでいない」
僕は即答した。
事前に考えていたのではない。
ほとんど反射的に口にしたのだ。
それを聞いたことで、ようやく自分の意見を知った。
僕は柱からやや離れた場所で足を止めると、胸に秘めた要求を告げる。
「マザーAI。僕と停戦協定を結びましょう。ノルティアスの傘下に入ってください」
「面白い提案ですね。狙いを教えてくれませんか」
「何も。僕は外交官としての仕事を果たしたいだけです」
僕はノルティアス所属の外交官である。
殺人鬼であるが、その前に外交官という自覚があった。
国から雇われた人間で、だからこそ死刑を免れている。
「ノルティアスにおける外交官は、建前に近い役職でしょう。言葉通りの仕事ではないと聞いていますが」
「否定はできません。ただ、僕はそれでもこの終わり方が気に食わない」
問答の中で僕は気付く。
そう、気に食わないのだ。
明らかなエゴだと分かっており、だから僕は異議を唱えて流れを乱した。
このまま解決するはずの案件を蒸し返して、おかしな方向に話を進めている。
「マザーAI。賢いあなたは無駄な争いを好まず、潔く敗北を認めました。僕はそれが嫌なんですよ。腰抜けの王に半年間も酷使されていた事実に反吐が出そうだ」
「勝手な言い分ですね」
「はい、そうです。これは僕の身勝手な意見。あなたの主張なんてどうでもいい」
鼓動が加速するのを感じた。
気分がにわかに昂揚している。
僕は喜びを感じていた。
頭の中できりきりと何かが引き絞られる音がする。
無数に散った音が、歯車のように徐々に噛み合っていく。
「此度の騒動の発端は僕にある。その幕引きを決める権利もあるはずだ」
「ではあなたはどのような幕引きを望むのでしょう」
そう問われた僕はナイフを持ち上げた。
切っ先を人工知能の王へと向ける。
「マザーAI。僕と殺し合いませんか」




