第8話 殺人鬼は奇襲を仕掛ける
「まだ撃つなよ。この距離で拳銃は当たらない」
「分かりました」
僕はロンの言葉に従う。
盗賊達との距離は二十メートルを切ったくらいだった。
かなり近いように感じるが、拳銃の命中率はそれほど良くない。
訓練した人間なら当てられるかもしれない。
ただ、僕はまったくの素人だ。
オフィスの殺戮で使った程度で、相手が激しく動いた場合は数メートルの距離でも当てられないのではないか。
せっかく先制攻撃ができる状況にあるのだ。
その機会を逃すわけにはいかない。
焦って仕掛ける必要はなかった。
ロンは拳銃を見つめる僕に尋ねる。
「緊張しているか?」
「いえ」
「はは、大した度胸だ」
ロンは小さく笑うと、石のナイフを構えた。
その刃は念入りに砥がれている。
切っ先ほど薄く鋭利だ。
人間の皮膚くらいなら容易に切り裂けるだろう。
ロンの武器はこれだけだった。
「俺が囮になる。奴らを引き付けるから、好きなタイミングで仕掛けてくれ。フォローは任せろ」
「大丈夫なのですか」
「平気さ。俺だってそこそこ強い」
ロンはナイフを弄びながら言う。
気楽そうに言っているが、別に冗談の類ではない。
彼は本気で発言している。
己の力量にそれだけの自信があるのだろう。
僕は、彼の振る舞いから殺人鬼の気質を感じ取っていた。
おそらくあの三人の盗賊より殺人に慣れており、かなりの実力を備えている。
実際に目にしたわけではないが、僕はそれを肌で感じて理解していた。
三人の盗賊との距離が十メートルくらいになった頃、ロンが素早く動いた。
「良い位置だな。じゃあ作戦開始だ」
彼は窪みからゆっくりと出ると、ナイフを捨てながら盗賊達の前に出た。
ふらつきながら歩みを進める背中は、あまりにも無防備だった。
「よう、男の尻を追いかけるなんて大した趣味じゃないか。何か用かい?」
まるで知人に話しかけているかのような口調だ。
思わぬ行動に盗賊達は困惑している。
互いに顔を見合わせて判断に迷っているようだった。
これがロンの狙いだったのだろう。
(今のうちだ。どこから攻撃しよう)
僕は窪みから出ると、這うようにして移動する。
決して盗賊達に見られないよう、細心の注意を払った。
音を立てずに移動し、痩せた木々の隙間から彼らの武器を目視する。
鉈と斧と槍だった。
(相手は銃を持っていない。拳銃を持つ僕は圧倒的に有利だ)
間合いを考えると槍が危ない。
先に仕留めるべきだろう。
彼らはロンの発言に気を取られて、岩陰や窪みを進む僕を見ようともしない。
(装弾数は六発。一人につき二発だ。もし外しても撃ち直せる)
自分に言い聞かせた僕は、撃鉄を起こしながら進む。
ここからが本番だろう。
確実に殺さなければ。