第71話 殺人鬼は窮地を逃れる
二人の登場を見て、ロンが平然と手を上げて応じる。
彼の殺気は気のせいか薄れていた。
「よう、遅かったじゃねぇか。ゴブリン相手に手間取りすぎだろ」
「戦闘を丸投げした君に言われたくないな。自分の立場を弁えたまえ」
文句を言うのは伯爵だ。
以前に出会った時と何ら変わっていない。
どこか高貴な雰囲気は、彼が吸血鬼の中でも貴族だからだろう。
しかし、双眸の奥に潜む狂気は殺戮を望んでいる様子である。
言い合いをするロンと伯爵をよそに、エマが僕の前に立った。
彼女は涼やかな表情で話しかけてくる。
「久しぶり。元気だった?」
「……はい。おかげさまで」
エマも半年前と変わらない。
掴みどころがない静かな様子だ。
一瞬、この状況を忘れてしまいそうになるほどだった。
とは言え、さすがに自分の命が関わるので気を抜くほどではなかった。
そこで言い合いを中断した伯爵は、腰に手を当てて僕を見る。
「ところでこれはどういう状況かな?」
「危険因子多数。N303、異国民を排除しなさい」
ウェアが断固とした口調で命じてくる。
新たな二人の登場で、さらに過激なことになっている。
感情が声音に乗るわけではないが、明確な怒りや苛立ち……それに焦りを感じられた。
伯爵は納得した様子で僕の首輪に触れると、うんざりとした表情で息を吐く。
「なるほど。ダニエル君を束縛しているのはその首輪か」
伯爵が何かしようとしている。
それを察した僕は、すぐに手を掴んで止めた。
「待ってください。これは爆発する仕組みで――」
「大丈夫だよ。ヴァンパイアの前では、この程度の妨害など意味を為さない」
自信満々に述べる伯爵の手から血が出てくる。
それは瞬時に僕の首輪を包み込むと、ゼリーのような質感に変わった。
隙間なく覆っており、咄嗟に剥がそうとしたがびくともしない。
間もなく首輪が爆発する。
その衝撃はゼリー状の血液に吸収されて、僕に危害を加えることはなかった。
血液の中には、爆発で粉々になった首輪の残骸だけが浮かんでいる。
それを確かめた伯爵は、満足そうにそれを投げ捨てた。
血と首輪の残骸は、部屋の壁にぶつかって散乱した。
ノイズのような音が聞こえてくるのは、ウェアが何か話そうとしているためか。
首輪の破損は激しく、内容は聞き取れそうにない。
満足した様子の伯爵は、僕に向かって笑ってみせる。
「ほら、大丈夫だったろう。君の身体には傷一つ付いていないよ」




