第7話 殺人鬼は敵と遭遇する
引き続き僕達は荒野を進む。
気配を殺して、誰にも見つからないように距離を稼ぐ。
ノルティアスに到着するのが目的なのだ。
わざわざ戦闘をすることもなかった。
むしろ消耗せずに進める方が望ましい。
その点、ロンの存在はありがたかった。
彼はなるべく周囲から死角になるルートを選んでいる。
この辺りの地形はある程度把握しているらしい。
黙々と進むうちに、夕暮れが迫りつつあった。
鉄塔はもうかなり近い。
夜になるまでに辿り着くのは不可能だろうが、もう半日もかかるまい。
ロンはナイフを片手に歩きながら愚痴を吐く。
「はぁ、疲れたぜ。早く休みてぇな」
「同感です」
「まだ動けそうか」
「ええ、今のところは」
重度の疲労が身体に圧し掛かっている。
何時間も意識を張り詰めたまま動き続けているせいだ。
拳銃を持ち上げる腕も痛い。
常に力を込めるのがこれほど大変とは。
今日以上に己の運動不足を恨んだことはない。
その点、ロンにはまだ余裕が見られた。
荒野暮らしの彼にとって、これくらいはまだ大丈夫なのだろう。
僕は足を引っ張らないように追従するのみだ。
「よし。このまま一気に向かうぞ。余計な奴らに出くわす前に突破する」
「分かりました」
僕は汗を拭って頷く。
その時、後方からエンジン音が聞こえた。
見れば砂塵を巻き上げる車が接近している。
まだかなりの距離があるが、誰かが運転しているのが見えた。
ロンは車を睨んで舌打ちする。
「チッ、来やがったか。もう少しだってのに」
「彼らは何者ですか」
「荒野の盗賊だ。徒党を組んで、弱者ばかりを狙ってきやがる連中さ。俺みたいに対話できると思わない方がいい」
ロンが忠告する。
彼自身を話術で仲間に加えた点を言っているに違いない。
(対話できないのは、無法地帯だから当たり前か)
こうして友好的な関係になれたロンが珍しいだけだ。
本来は殺し合ってもおかしくなかった。
「もう見つかっている。逃げるのは無理だから殺すぞ」
「分かりました」
「即答だな。頼り甲斐がある」
「状況的に弱腰も許されないので」
僕は拳銃を意識しながら言う。
いざとなったら迷わず撃つ。
手足や胴体では駄目だ。
頭部を弾丸で穿つ。
そうすれば即死させられる。
相手はこちらを殺すつもりなのだ。
容赦なく実行しなければならないだろう。
「このままだと轢き殺される。少し移動するぞ」
「はい」
僕はロンの指示で木々の目立つ地点へ赴く。
転がる岩や窪みがあって高低差が大きい地帯だ。
半径二十メートルくらいの広さだが、寂れた荒野の中では特殊な部類の地形であった。
(これなら車では近付けないな)
僕達は窪みのそばに身を潜める。
ちょうど車の方角からは見えづらい場所だ。
背の低い茂みも上手く壁になっている。
向こうから僕達の居場所を特定するのは難しいだろう。
「ちょっとした地形でも不利な要素を排除できる。憶えておくといい」
「まるで教師ですね」
「ノルティアスに着いたら同僚になるんだ。あっさり死なないように教育しないとな」
小声で会話をしていると、少し離れたところで車が停車した。
降りてきた盗賊は三人の人間だった。
彼らは薄汚い服を着て、槍や鉈を持っている。
やつれた頬と見開かれた双眸が印象的だ。
彼らは慎重な足取りでこちらに近付いてくる。
「徒歩でやるつもりですね」
「あれはまだ素人だな。慣れた連中は誘い込まれた時点で諦める。厄介な奴ほど用心深いもんさ」
「つまり彼らは迂闊だと」
「間違いない」
ロンは野獣のような笑みを浮かべる。
彼の横顔は、狩る側のそれへと変貌しつつあった。