第66話 殺人鬼は追い詰められる
黒煙が充満する中、そこからゴブリンが進み出てくる。
火傷を負っているようだが軽度だ。
怒り狂った目は僕を捉えている。
即座に射撃を行うも、ゴブリンは両腕で防いだ。
食い止められた弾丸が床に落ちて散らばる。
皮膚は僅かに出血しているだけで、ほとんど傷とも言えない大きさだった。
(なんて硬さだ)
ゴブリンが機械の鉄板を引き剥がし、投げ付けてきた。
高速回転してくるそれを見て、僕は咄嗟に床を転がる。
脳髄を貫くような激痛が走った。
見れば右腕の肘から先が消失している。
断面から鮮血が噴き出していた。
少し先に僕の腕が落下する。
指先が痙攣して、血をこぼしていた。
(鉄板に切断されたのか)
回避したつもりが間に合わなかったのだ。
ゴブリンはさらに鉄板を投げ付けてくる。
今度こそ回避に成功した。
床にめり込んだ鉄板を見て、僕は素早く立ち上がる。
そして、荷物を捨てて走り出した。
ドアから制御室の外へと戻って来た道を駆けていく。
体勢が崩れやすいのは、片腕が欠損したせいだろう。
切断箇所が熱を帯びて痛む。
それでも僕は呼吸を乱しながら走り続ける。
(分が悪すぎる。さすがに逃げた方がいい)
後ろから轟音がした。
ゴブリンが壁を粉砕して部屋の外に出てきたところだった。
獣のような咆哮を上げたゴブリンは、床を蹴って猛然と突進してくる。
(どこかに隠れてやり過ごそう)
そう考えた時、前方の曲がり角から人影が現れた。
僕は咄嗟にナイフを叩き込むも、相手はそれを難なく受け流す。
「少しどいてな」
そう言って僕の肩を叩いた相手は、迫るゴブリンと対峙した。
よろめいて倒れた僕は、両者の衝突を目撃することになる。
突っ込んできたゴブリンが、長い両腕で殴打を放つ。
次の瞬間、その屈強な上半身が千切れ飛び、窓を破って外に消えた。
残された下半身が赤い噴水を上げながら崩れ落ちる。
対峙する人影は、片腕を掲げていた。
その腕は鱗に覆われて、先端に鋭利な爪が生えている。
表面が脈動し、滴る血液を取り込んでいるようだった。
呆然としていると、首輪からウェアの警告が聞こえてくる。
「異国民です。N303、注意してください」
「…………」
僕はその言葉に従わずに立ち上がった。
そしてゴブリンを殺害した人影に歩み寄る。
振り向いた彼は、ニヒルな笑みを浮かべていた。
「久しぶりだなァ。随分と逞しくなったじゃねぇか」
月明かりに照らされる中、竜の片腕を下ろすのは同期の外交官ロンだった。




