第6話 殺人鬼は試される
それから僕達は移動を開始した。
鉄塔を目印に二人でノルティアスを目指す。
行き道は車で現在は徒歩なので、それなりに時間はかかるだろう。
しかし、今の僕は一人ではない。
状況はそれほど悪くないはずだった。
先行するロンは、世間話のように忠告を挟む。
「焦って走るなよ。罠があるかもしれないからな。引っかかった瞬間に即死、っていうのも珍しくないんだ」
「誰が仕掛けているのですか」
「もちろん荒野の住人さ。貴重な資源を他人様から奪うために設置している。俺だってテリトリーの周りは罠だらけにしていた」
ロンは少し得意げに言う。
荒野はどこまでも続いている。
枯れた大地の端々には、凹凸の激しい地形があった。
丘のようになっている箇所もある。
目を凝らすと、遠くにテントらしき物も見えた。
この地に暮らす人々は、生きるために奮闘しているようだ。
(罠もその一環なのだろう)
僕は進む道に注目する。
それらしき類は見当たらなかった。
何も仕掛けられていないのか。
僕の観察力が足りていないのか。
ロンは躊躇いもせずに歩みを進めている。
「支配種の人外共でも、荒野で油断すると死にかねない。そういう混沌の地域なのさ」
「どこかの国が整備すれば危険も減るのでは」
「割に合わねぇよ。工事したそばからぶっ壊す連中が続出するだろう。荒野の環境を気に入っている輩も少なくない。俺はもっと豪華な暮らしが好みだがね」
荒野は想像以上に治安が悪いらしい。
各国が手出しできないほどだ。
ロンの話によれば竜の支配する国もあるのに、そのような生物ですら荒野を乗っ取れない。
よほど厄介な土地なのだろう。
生存競争とは、単純な強さだけでは決まらないのだと思われる。
(この世界に安全な場所はないのか)
僕は絶え間なく拳銃を動かしながら考える。
この重みにも慣れてきた。
どこから敵が現れても反応できるように意識している。
人間は射殺できたが、それ以外の種族だと難しいかもしれない。
もし太刀打ちできないのなら仕方ない。
運が悪かったのだと諦めるしかないだろう。
淡々と歩く僕を見てどう思ったのか、ロンが呆れた様子で話しかけきた。
「それにしても、大した度胸だな。本当に一般人か?」
「人は殺しましたが、ただの会社員でしたよ」
冷静なのは生まれつきだ。
心の芯に熱が通っていないのだと思う。
表面的な喜怒哀楽は覚えるが、心底から心が動く場面は滅多になかった。
最も心が揺れたのは、あのオフィスでの殺人だろう。
思考は冷めていたものの、形容し難い衝動に背中を押されていた。
未だにその正体が掴めない。
ただ一つ分かっていることはある。
きっと僕は、人間を殺したかったのだろう。
それだけは理解していた。
「あんたは殺人鬼として生きたいのか?」
「別にそんなつもりはありません。生き延びる機会に縋っているだけです。死ぬことに恐怖も感じませんが」
「じゃあ、わざわざ戻ることもないだろう。荒野でも生活はできるし、過酷な現実を嫌って自殺してもいい。ノルティアスに帰れたとしても、今までの生活には戻れないぜ。それでも試験に挑むつもりか」
ロンは足を止めず、こちらに背を向けて尋ねる。
どうやら僕の覚悟を確かめたいらしい。
協力すると決めたものの、こちらの人柄を読み切れていないのだ。
答えによっては、僕を見捨てるつもりではないか。
利用できる分だけ利用して、不要になったら平然と裏切る。
対等な立場として見なされなくなるだろう。
僕はなんとなく悟っていた。
ロンに下手な嘘は通じない。
だから本心を告げるべきだろう。
(僕は一体どうしたいのか)
ある日、衝動のままに殺人を犯した。
死刑を免れたが、こうして荒野に放り出された。
心境は、日常生活を送っていた時とあまり変わっていなかった。
(……いや。少しだけ違うな)
せっかくならば生きてみようという気になっている。
隠された世界の真実も知れたし、他の国々に興味がある。
荒野での暮らしより充実しているだろう。
ここで無駄に死ぬのは、もったいない。
僕はそういった気持ちを正直に告げた。
「楽しそうなので、僕は殺人鬼のガイコウカンになります」
「ふっ……ふはははははぁっ! これだけ真面目に問い詰めたってのに、ガキみたいな答えじゃねぇか! あんた最高だよっ、殺人鬼の素質があるぜ!」
ロンは爆笑して、僕の背中をしきりに叩いてきた。
かなり痛いのでやめてほしいが、よほど機嫌が良いらしい。
聞く耳を持ってくれそうになかった。