第55話 殺人鬼は反旗を翻す
「ゴブリンの奇襲です。対処してください」
モニターからウェアの警告が発せられたが、誰も聞いていない。
僕は屈み込んで車内を移動する。
人々は既に半分ほどが射殺されていた。
残る者達は車外に向かって手持ちの銃を乱射しているが、すぐさま反撃を受けて死んでいる。
(銃を持ったゴブリンが外にいるようだ)
僕は状況を整理する。
おそらく待ち伏せされていたのだろう。
向こうが銃火器を所持する点は何ら不思議ではない。
略奪を得意とする種族なのだ。
別に他国の武器を持っていたとしても不思議ではなかった。
銃火器なら構造的に人工知能が介入することもないので好都合と言える。
(ひとまず車内に留まるべきだな。外に出れば殺される)
死体に紛れて屈んでいると、数人がバスの外へ逃げ出そうとした。
武器を手放して慌てる姿を見るに、恐怖に駆られているようだ。
そんな彼らを始末したのは、ゴブリンからの銃撃ではなくモニターによる電撃だった。
黒焦げになった死体が崩れ落ちた後、ウェアが冷淡に述べる。
「逃亡は認めません。違反行為とみなして処分します」
その間にまた別の人間が射殺された。
もう車内の生き残りは十人もいない。
他の二台のバスも同じような状況ではないか。
僕は死体の荷物を漁り、破れかけのバッグに武器を詰め込んでいく。
多少は動きづらくなるが仕方ない。
他人は当てにできないのだ。
武器はどうしても必要になってくる。
車内の中央付近で準備を進めていると、前方から喚き声がした。
割れたフロントガラスを蹴り破って侵入してきたのは数匹のゴブリンである。
以前、吸血鬼との交戦で見た個体より体格が良い。
しかも今回は分厚い盾とマシンガンを携えていた。
彼らは下卑た笑い声と共に発砲する。
車内の僅かな生き残りが一掃されていった。
死体に紛れる僕は、座席の陰に潜みながらゴブリン達を観察する。
(銃火器に盾持ちか。厄介だな)
ゴブリン達は続々と車内に侵入してくる。
彼らは狭い通路を一列になって前進していった。
物資の略奪に加えて、生きた人間を捕獲するつもりなのだろう。
「…………」
僕は殺意も抱かず、その場でじっと待つ。
座席の陰に屈みでいつでも動き出せるようにした。
手にはナイフを握ってじっと潜む。
脳裏ではきりきりと殺人鬼の本能が音を立てていた。
やがて最前列のゴブリンが僕のそばを通過しようとする。
刹那、頭の中で理性と狂気が噛み合った。
僕はゆらりと立ち上がる。
こちらを向こうとしたゴブリンの喉にナイフを添えて、静かに微笑みながら撫で切った。
ゴブリンが不思議そうな顔をして、鮮血を噴き上げながら崩れ落ちた。
それ以降、起き上がってくることはない。
返り血を浴びた僕は表情を消してナイフを下ろすと、後続のゴブリン達を見る。
彼らは突然の事態に呆然としていた。
頭が混乱して、行動に迷っているようだった。
そこで僕は再び笑みを浮かべる。
気が付けば、口笛を吹き始めていた。




