第54話 殺人鬼はゴブリンと再会する
二時間ほど移動すると、周囲が荒れ果てた街並みに変わってきた。
草木が生えて崩壊した建物が目立ち始める。
車内のモニターからウェアが通達する。
「ここから先はゴブリンの支配域です。注意してください」
実質、ゴブリンの国に入ったということだ。
一応はテクノニカの領土なのだろうが、不当ながらも占拠されている。
手出しできずに捨てた土地だった。
僕は座席から車外の景色を観察する。
荒涼とした街は昼間でも薄暗い。
どことなく不気味だ。
路地などは闇に包まれてその先が見通せなかった。
(死角が多い。これでは格好の獲物だな)
ゴブリンは基本戦法として奇襲を多用する。
本来は弱い生物で、たとえ数を揃えても他種族には敵わないような存在だからだ。
その頃の生存術として、奇襲や不意打ちを使ってきた。
屈強な肉体を得て、一国を支配するようになった現在でもその習性は抜けていないのだった。
実際、吸血鬼と共に行動していた際も、ゴブリン達は唐突に襲来してきた。
多少の犠牲をものともせず、こちらの態勢が乱れるような戦い方を行っていた。
結果としては敗走していたが、それは吸血鬼に再生能力があったからだ。
少なくとも人間だけでは到底勝てなかったはずだ。
しかも、あのゴブリン達は種族単位で見ると下っ端だという。
本土を守護する個体ともなると、さらに強いのだそうだ。
(ゴブリンとの戦闘はなるべく避けたい。集団からの離脱は早めに行うべきかもしれない)
僕は密かに考える。
居場所は常に把握されているが、任務遂行を理由にすれば単独行動も難しくないのではないか。
少なくとも、こうして大人数といるより安全な気がした。
その時、先行していたバスの一台から爆発音が響く。
大きく傾いた車体が横転して道路を塞いだ。
露わになった底部は大きく陥没し、道路も割れて大穴が開いている。
(魔術の罠か)
すぐに僕達の乗るバスが停車し、後ろに続くもう一台もそれに従った。
僕はナイフと拳銃を手にしながら頭を下げた。
窓の外から姿が見えないように意識する。
その直後、けたたましい銃声が連続した。
窓が砕け散るとともに、無数の銃弾が車内に飛び込んでくる。
無防備に座っていた人々が撃たれて鮮血を散らした。
車内が一瞬にして騒然とする。
久しく嗅いでいなかった血の臭いが鼻腔を突く。
車外から聞こえてくる喚き声は、きっとゴブリンのものだろう。
殺しの衝動が、きりきりと、静かに張り詰めるのを感じた。




