第47話 殺人鬼は順応を示す
ウェアの脅しに対し、僕は辟易とした気分になった。
この国にはとてつもなく歪んだ価値観が蔓延している。
本来、機械は人間が扱う道具のはずだ。
生活を便利にする物という認識であった。
それなのにテクノニカでは立場が逆転している。
人間は機械に逆らうことができない。
「我々はあなた達の友人です。共に手を取り合って進みましょう。対等な関係を認めることで、より良い未来を築けるはずです」
聞こえは良いが、現在の状況こそがウェアの発言を薄気味悪い虚言であると主張していた。
嫌味な感じがしないのは、少なくとも機械側は本気で人類と友人になれていると思っているからだろう。
この国の人間とはまだ出会ったことがないが、きっと碌な扱いを受けていないはずだ。
ノルティアスで聞いた事前情報でも、テクノニカの人間に自由はないと聞いている。
(この国の人類は管理されている。狂った機械は友人を自称し、実際は対等な関係などない)
僕はそれを身を以て確信した。
今すぐにでも脱出したいものの、武器も何もない状態ではそれも困難である。
こちらの動きは見張られている。
状況次第で即座に殺処分されかねない状況だった。
(順応するんだ。歯向かうばかりでは切り捨てられる)
僕は努めて冷静になる。
現状、頼れる人間は周りにいない。
自分だけの力で切り抜けなければならなかった。
迂闊な行動を避けて、堅実に脱出方法を模索すべきだ。
ひとまず機械に友好的な態度を見せるのが一番だろう。
そう考えた僕はウェアに話しかける。
「僕はこの国について何も知りません。国民として力になりたいので、色々と教えてもらえますか」
「承りました。N303、あなたの判断は賢明です。マザーAIも喜ぶでしょう」
その時、室内にチャイムの音が鳴り響いた。
学校の始業時間を知らせるあの音に酷似している。
「自由時間です。質問なら後で受け付けますので、まずは施設内の散策を推奨します」
「この部屋から出歩けるのですか」
「はい。心身の健康において運動は必須です。狭い場所に閉じこもるばかりでは精神衛生に悪影響を及ぼします」
僕はベッドから立ち上がる。
背後のモニターから念押しするような声がした。
「我々は常に国民を見守っています。安心して散策してください」
つまり監視されているということだ。
やはり相容れない文化である。
「ありがとうございます」
僕は形ばかりの礼を述べると、裸足のまま歩いて部屋の外に出た。




