第42話 殺人鬼は罠に誘い込む
ゴブリン達は呆然としていた。
視線が僕の背後に向いている。
倒れた仲間に注目しているのだろう。
彼らは思考が追いついていない。
あまりにあっけない死が信じられないようだった。
その間も僕は歩みを止めない。
いきなり走り出すこともなく、散歩のようなペースで進み続ける。
この状況でも敵意を見せないことが重要だった。
些細な動作が彼らの混乱を解いてしまう。
僕はゴブリン達の思考停止を悪化させたい。
表情、仕草、手拍子、口笛……あらゆる要素を以て誘発していった。
本来、こちらに向けられるべき殺気は霧散させて、この場を掌握していく。
(真っ当な殺し合いでは敵わない。だから心理戦に引きずり込む)
僕は知識としてのテクニックはほとんど知らない。
どうすればゴブリン達を葬れるのか、直感的に理解していた。
殺人鬼としての本能が、理性によって翻訳されるのを感じる。
自らを道具と解釈した上で、浮き彫りとなった最適解をなぞるのだ。
僕は背負っていたリュックサックを漁ると、袋入りのチョコレートに目を付けた。
いくつかを鷲掴みにして、下投げでゴブリン達の前に散らす。
ゴブリン達は驚くも、警戒しながら拾った。
匂いを嗅いでチョコレートだと分かると大喜びする。
彼らは競うように拾って、次々とチョコを食べ始めた。
僕のことなどお構いなしだった。
(ここまで上手く引っかかるなんて)
困惑させるのが目的だったのに、まさか夢中になるとは。
彼らは仲間の死など忘れている。
頭の悪い種族だと聞いていたが、予想以上かもしれない。
おそらく連帯意識が薄いのだ。
自己利益だけを優先している。
文明的に知力を要さず、純粋な暴力だけを崇拝してきた証拠でもあった。
賢いゴブリンもいるかもしれないが、少なくとも少数派なのだろう。
(無味無臭の毒があれば、簡単に殺せそうだな)
僕は新たな発見しながらも、さらに追加のチョコレートを放り投げた。
ゴブリン達は大はしゃぎして群がる。
僕は彼らの前に立つと、リュックサックに手を入れた。
必要な準備を終えてからそれを地面に置く。
笑顔を絶やさず、友好的な態度のまま後ろに下がった。
「よかったらどうぞ」
言葉の意味は伝わらない。
しかしこちらの表情や仕草からニュアンスは察してくれるはずだ。
案の定、ゴブリン達はリュックサックに殺到した。
そこに入っているチョコレートを巡って争いを始める。
(いいぞ。それでいい)
僕は一歩ずつ静かに後退していく。
慎重に彼らから距離を取った。
数秒後、リュックサック内の手榴弾が作動する。
轟音と共に放たれた爆発は、至近距離にいたゴブリン達に炸裂した。




