第41話 殺人鬼は秘策を使う
一人のゴブリンが進み出る。
丸腰で、下卑た笑みを浮かべていた。
そのゴブリンは手招きするような動作をする。
(ナイフを返してほしいのか)
どうやら僕を刺した張本人らしい。
他のゴブリンは囃し立てるばかりだった。
何を言っているのか分からないが、きっと僕を馬鹿にしている。
眺めている姿を見るに、手出しする気はないようだ。
僕は舐められている。
全員でかかる必要がないと思われているのだ。
実際、その判断は正しい。
僕は弱い。
たとえ一人に勝てたとしても、残った者で襲いかかればいいのだ。
普通に考えて、ゴブリン達が敗北する展開は無い。
(その油断と慢心が隙だ)
段取りは決めていた。
言葉は通じないので、ロンからは相性最悪と釘を刺されていた。
しかし、僕にはこれしかない。
状況的にも追い詰められた以上、自らの長所を活用する他なかった。
(さて。やるか)
僕はまず笑った。
まるで親友に接するかのような態度で、丸腰のゴブリンに歩み寄る。
そのまま微塵の敵意も向けずに対面した。
「どうぞ」
ナイフの刃を持って、持ち手をゴブリンに向けて返した。
その際の笑顔も忘れない。
内心とどれだけ乖離してしても、表情を偽ることなんて簡単だった。
ゴブリンは困惑する。
僕の顔とナイフを交互に見やり、躊躇いながらもナイフを受け取った。
そこから目を泳がせる。
僕は間を置かずに手拍子を始めた。
一定の間隔でリズムを取る。
それに合わせて口笛でメロディーを加えた。
少し昔に流行っていた曲だ。
スポーツ観戦など場を盛り上げるために使われていた記憶がある。
うろ覚えだが誤魔化すことはできる。
ゴブリンはますます困ったようだった。
ナイフを手にしているが、先ほどまでの余裕は感じられない。
予想外の出来事が連続することで、混乱状態に陥ったのだ。
正しい判断ができなくなっている。
様々な疑問が思考を圧迫し、結果として行動に遅れが生じている。
僕はそういった分析を顔に出さず、手拍子と口笛を繰り返した。
たまにアレンジを挟むことでゴブリンの気を引き続ける。
やがてゴブリンが後ずさった。
この異様な状況に耐え切れなくなったのだ。
助けを求めるかのように、振り返って仲間達を見ようとする。
僕はその瞬間を逃さなかった。
何歩か進んでゴブリンとの距離を詰めると、手拍子の動きで右手首に触れる。
内部に仕込まれたボタンが押されて、薄い刃が出てきた。
これこそが僕の奥の手だった。
自らの能力を活かすための仕込み武器である。
僕はすれ違うように進み出て、ゴブリンの首筋を刃で撫でた。
噴き上がった血を浴びる前に前進する。
後ろで倒れる音が聞こえたが、僕は気にせず進む。
ボタンを押して刃を戻す。
再び手拍子と口笛を再開して、残る四人のゴブリンに迫るのだった。




