第38話 殺人鬼は傍観する
ゴブリンの馬車が接近してくる。
減速しないのを見るに、このまま衝突するつもりらしい。
なんとも豪快なやり方である。
(さすがに妨害すべきだな)
僕は短機関銃を構えて発砲した。
数発の弾丸は馬車を曳く狼に命中し、甲高い悲鳴を上げて転倒させることに成功する。
ゴブリンの馬車は慣性に従って滑ると、進路がずれて近くの岩に激突した。
そのまま横転して動かなくなる。
「ナイスショット。さすがダニエルだ」
ロンが僕の背中を叩いて称賛しながら、全身を変貌させた。
彼は一瞬にして鱗に覆われた竜人と化す。
筋肉が膨れ上がったことで、上半身の衣服が破れた。
ズボンは残っているが、靴には穴が開いて尖った爪が飛び出している。
ロンは軽々と馬車から飛び降りると、唸るような声を発した。
ナイフは持たず、自前の爪を打ち鳴らしてみせる。
「今度は俺の番だな」
ロンが大地を蹴って疾走する。
岩に激突したゴブリンの馬車に駆け寄っていた。
突風のような速度で迫っていく様は、まさしく獣である。
馬車からゴブリンが顔を出した。
計六人でそれぞれ武器を持っている。
彼らは叫ぼうとした。
それを遮るようにロンが加速し、うち二人の首を薙いだ。
怒りに染まった生首が宙を舞って地面を転がる。
ロンは目にも留まらぬ速さでゴブリン達を切り裂いていく。
反撃は器用に躱していた。
無理に攻めず、自らが負傷しないことを優先している。
残るゴブリン達は見事に翻弄されていた。
(圧倒的だな)
僕は他人事のように傍観する。
援護射撃が必要かと思ったが、あまりにもロンが強いので手出しする余地がない。
前方では、吸血鬼とゴブリンの戦闘が繰り広げられていた。
しかし、ここまで一方的な展開にはなっていない。
伯爵が特殊能力で蹂躙しているくらいで、他の吸血鬼は再生能力で何とか耐えて反撃している。
ウォーグラトナでの戦闘で、ロンは竜人化を使った。
あの時は片腕だけだったが今回は全身を変化させている。
その分だけ身体能力が向上しているのだろう。
(僕の出る幕はないな)
そう判断したところで、ふと視線を感じた。
岩陰からこちらを睨むゴブリンがいる。
ローブを着た個体で、手には水晶のはめ込まれた杖を持っていた。
何やら口を動かして唱えているのが視認できる。
(――不味い)
嫌な予感を覚えた僕は、馬車の後部から外へ転がり出る。
直後、凄まじい轟音と共に馬車が爆発し、遠くまで吹き飛ばされた。




