第34話 殺人鬼は己を振り返る
(僕はまだ人間だ。とても弱い)
これまでの戦闘を振り返る。
我ながらかなり特殊な立ち回りでやってきた。
その唯一性で格上とも張り合ってきたが、裏を返せば正攻法での戦いが苦手だった。
僕の戦法は相手の思考を混乱させたり、意識をずらすことで隙を作り、そこに先制攻撃を打つというものだ。
伯爵のような吸血鬼にも通用するほどに強力である。
ただし、その持続時間は短い。
瞬間的な隙を生み出すだけで、我に返られると一気に不利になる。
だから多人数を相手に戦うのも難しいし、理性を失った者には効かないだろう。
今まで活用できたのは、状況的に有利な場面が多かったからだ。
一歩間違えれば死んでいた。
結局、僕は常人の域を脱していない。
殺人鬼を名乗っているが、ただ人殺しを経験しただけの一般人に過ぎなかった。
(ノルティアスの外交官は、何らかの強化手術や薬物投与を受けると言っていたな)
僕は休暇中にエマから聞いた説明を思い出す。
ウォーグラトナに同行していた他の外交官は、大半が不死身に近い体質らしい。
その要因の一つとして、ノルティアスの技術力による改造が挙げられる。
彼らは様々な手段で人体を塗り変えている。
僕も詳しくは知らないが、他国の文明や種族を調べ上げた成果だそうだ。
本来は資源となって搾取される立場なのに国を保っていられるのは、その飽くなき努力によるものだった。
(結果、殺人鬼が支配しているのはどうなんだと思うけど)
ノルティアスの状況を振り返りつつ、僕はロンに話題を振る。
「僕も何らかの人体改造をすべきでしょうか」
「生存率を考えるとやった方がいいが、まあ無理に弄ることもないだろ。ヴァンパイアの力もあるし急ぐことはねぇな」
「そうですね。検査の時に言われました」
僕の体内には、伯爵から与えられた再生能力が残っている。
消えるどころか徐々に定着しているそうだ。
ただし、種族的には人間のままである。
吸血鬼としての特徴は他に発現していない。
おそらく伯爵が上手くコントロールして、人間の枠組みから出ない程度に力を与えてくれたのだ。
初対面の状況は最悪だったが、彼には感謝しなければならない。
(そう考えると、僕はただの人間ではないのかもしれないな)
ほんの僅かに吸血鬼となった外交官だ。
初仕事で得た報酬としては、上々だろう。
自らが人間から外れることに恐怖はない。
どこか噛み合う感覚さえ覚えていた。