第30話 殺人鬼は呼び出される
およそ一時間後。
僕とロンは吸血鬼の城の一室にいた。
二人で並んで椅子に座らされている。
背後には伯爵、そして目の前にはエマがいた。
「まったく、派手にやったね。解散から三十分も経っていなかったよ」
エマは淡々とした態度で述べる。
表情の変化に乏しいが、呆れられているのはよく分かった。
僕達は、街中で吸血鬼を殺害したことについて説教されていた。
あれから報告のために城へ戻り、この部屋に連れられて現在に至る。
ロンは煙草に火を点けながら事情を説明する。
「向こうが因縁を付けてきてな。俺達はそれに応じたまでさ」
「君なら殺さずに無力化することもできたと思うけど」
「ふむ、否定はしないな」
ロンは悪びれもせずに言葉を返す。
沈黙したエマは、自然な動きで彼の煙草を没収した。
言い訳に失敗したロンはただ肩をすくめる。
その時、静観していた伯爵が僕達を庇うように発言する。
「二人は悪くない。経緯はどうあれ、死んだヴァンパイアは弱いから負けたのだ。弱さにこそ落ち度があるのだから、君達は堂々としているといい」
「伯爵は黙ってて。これはノルティアス側の話だから」
エマが指を差して述べると、伯爵は少し不満げながらも口を噤む。
価値観の違いから、他国のことには口出しできないものなのかもしれない。
「殺し合いに発展したのは仕方ない。別に珍しくもないことだ。実際、君達以外の外交官も吸血鬼を殺していたし、返り討ちにもなっている」
「ほら、大丈夫じゃねぇか」
「問題は、君達が目立つ場所で吸血鬼を始末したことだよ。支配種が人間に殺される光景を、一般市民の前に晒してしまったんだ」
エマによると、他の外交官は人目に付かない場所で殺し合っていたらしい。
それが暗黙のルールで、万国共通となっているそうだ。
(考えてみれば当然か)
ウォーグラトナは人類を養分にしている。
奴隷同然の扱いをする彼らの前で、支配者たる吸血鬼が惨殺されたのだ。
絶対強者のイメージが崩れかねない。
国営の面で考えると不都合である。
他の国も似たような構図なのだろう。
「まあ、予め警告しなかった私の責任でもあるからね。深くは批難できないけど」
「そうだ、そうだ。説明不足は上司のミスだよなぁ」
「調子に乗らないで」
エマは冷めた視線をロンに送る。
一瞬、凄まじい殺気が込められていた気がするが、ロンは苦笑するだけだ。
少し叱られた子供のような反応である。
彼の察しは良い。
殺気に気付かないはずがない。
わざと軽いリアクションをしているのだろう。
ロンの豪胆さを改めて認識していると、伯爵が近寄ってきた。
「彼女、気が立っているぞ。余計な発言は慎むのが賢明だろう」
「何かあったのですか」
「数十人のヴァンパイアが彼女を襲撃したのだ。ノルティアスの責任者を倒すことで、ウォーグラトナの面子を保とうとしたのだよ」
その出来事は知らなかった。
僕達の行動が原因で、彼女に迷惑をかけていたらしい。
「とてもそうは見えませんが」
「無傷で殲滅したからね。見惚れるような実力だったよ。しかし、彼女は好みの標的以外の殺害を嫌う。有象無象のヴァンパイアを始末するのは不本意だったろう」
苦々しく語る伯爵を見るに、かなり凄惨な光景だったようだ。
しかも彼にとっては同胞が大量に死んだことになる。
弱者が悪いという思想らしいので、それについてを糾弾するつもりはないだろうが、色々と複雑な心境には違いないだろう。




