表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/100

第3話 殺人鬼は試験を課せられる

 地面に衝突し、身を丸めて転がる。

 全身の痛みを堪えながら、砂埃を叩き落としながら立ち上がった。


 額から何かが垂れる。

 指を添えてみると、血が付いていた。

 今ので擦り傷でもできたのだろう。


 僕が落ちた車は少し先でドリフトを披露しながら停車した。

 開いたドアから女性が顔を出す。


「今から採用試験を受けてもらうよ。生きて帰ってきたら、君を外交官に任命しよう」


「ガイコウカン……?」


 知らない単語だった。

 しかし、女性がそれを説明する様子はない。


 代わりに彼女は、何かが詰まったビニール袋を投げてきた。

 僕はそれを受け止める。

 結び目を解いて中身を確認する。


 コンビニのおにぎりとパン。

 ペットボトルの水が三本。

 それにリボルバーの拳銃と、予備の弾が入っていた。


 グリップ部分が血で汚れており、見覚えのある形状だ。

 オフィスで僕が警備員から奪った物に違いない。

 まさかこの手に戻ってくるとは思わなかった。


「それは餞別だよ。上手く使うといい」


「僕を置き去りにするつもりですか」


「うん、そうだね。鉄塔を目印にすれば戻って来れる。では健闘を祈ってるよ」


 女性は平然と言うと、ドアを閉めた。

 車は猛速で来た道を辿って走り去っていく。


 残された僕は、車の消えた先を見据えた。

 遥か彼方に鉄塔らしき影がある。

 この距離だと外壁は見えないが、あそこがノルティアスだろう。


「参ったな……」


 僕はコンビニ袋を片手に佇む。

 色々と驚きの連続で、頭が追いついていない。


 車はもうかなり遠くにいる。

 もうすぐで見えなくなりそうだった。

 引き返してくる気配はないので、冗談の類ではないだろう。


 僕は頬を掻く。


(確か採用試験だと言っていたな)


 たぶん僕の力を試しているのだ。


 渡された物資を頼りに、ノルティアスに帰還する。

 それが合格条件なのではないか。

 合格すれば、ガイコウカンとやらになれるものと思われる。


 もしも失格となればどうなるのか。

 この扱いを考えれば、言うまでもないだろう。

 役立たずと見なされた時点で、僕はきっと死ぬことになる。


(そもそも、無事に戻れるか分からないな)


 僕は背後を振り返る。


 荒野の岩の陰から、這い出てくる人影があった。

 現れたのは、みすぼらしい衣服を纏う中年男だった。


 鍛え上げられた肉体で、手には石製のナイフを持っている。

 無精髭を生やして、短い髪を逆立ている。

 全体的に野性味のある風貌だ。


 男はこちらを警戒した様子で話しかけてくる。


「おい、あんた。殺人鬼の国の出身か。どうして追放されたんだ」


「……何の国と言いましたか」


「だから殺人鬼の国だよ。正式名称は……ノルなんとかと言ったか。とにかく、殺人鬼共が管理する国だな」


 男は記憶を漁るように答える。

 しかし、その内容は僕の知識と噛み合わないものだった。


 殺人鬼。

 殺人鬼という言葉は知っている。

 猟奇的な大量殺人者を、怪物に例えた表現だ。

 明確な定義はないが、意味としては間違っていないはず。


 それにしても、殺人鬼が管理する国とは。

 僕が疑問に思っていると、男は何かを察した顔で言う。


「まさか自分の国の支配種を知らないのか。何も知らされずに追い出されたんだな……」


「ノルティアスは殺人鬼が支配しているのですか」


「ああ、そうだ。殺人鬼国ノルティアス。放任気味に国を管理しつつ、人間をつまみ食いをする。まるで農作物みたいに人間を育ててやがる。まあ、一般市民は平和に暮らせる国だ」


 男は忌々しげに言う。


 それを聞いた僕は納得する。

 おそらく男の説明は真実であった。

 嘘を述べている雰囲気ではない。

 彼の話を呑むと、いくつかの疑問が解消された。


(状況が読めてきたな)


 ノルティアスは、きっと殺人鬼が支配する国なのだ。

 一般人は彼らの獲物なのだろう。


 凶悪犯罪の何割かは、殺人鬼による"収穫"の時期だったに違いない。

 支配されている自覚がなかったが、殺人鬼はそのような環境を望んでいたのだ。


(同じ養殖でも、なるべく天然ものが好みなんだろう)


 ノルティアスにどれだけの数の殺人鬼がいるのか不明だ。

 ただ、それなりの規模なのだろう。


 死刑の取り消しにも合点がいった。

 あれだけの人数を殺した僕は、国の管理者側――すなわち殺人鬼としての適性があると判断されたのだ。

 そして現在、この試験で素質を確かめられている。


 僕が考察している間に、男は勝手に話を進めていく。


「ちなみに俺は竜の国の出身だ。奴隷としてはそれなりの地位まで昇り詰めたが、仕事でヘマをしたから粛清される前に逃げてきた。それから二カ月くらいはこの荒野で生活している」


「大変そうですね」


「慣れれば気楽なもんさ。荒野はどこの国にも属さない無法地帯だからな。実力次第で快適に暮らすことができる」


 男は少し誇らしげに胸を張る。

 彼の経歴にはあまり興味がないが、竜の国という言葉は新たな情報だ。


 殺人鬼が支配するノルティアスの他に、少なくとも竜が支配する国があるらしい。

 所謂ドラゴンのことだろうか。

 一体、そこの人間はどのような扱いなのか。

 奴隷や粛清という表現から、決して良い環境ではないと思うが。


 僕は頭の中で情報を整理する。

 男は歩み寄ってくると、笑顔で握手を求めてきた。


「ロン・ドエルだ。よろしく」


「ダニエル・スタンウェスです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 僕は握手に応じず、拳銃を突きつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >「ガイコウカン……?」 >知らない単語だった。 >しかし、女性がそれを説明する様子はない。 「外交官」という単語すら一般庶民の脳内には無い辺り、 ノルティアスのディストピアっぷりがぷん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ