第28話 殺人鬼は吸血鬼の死を目にする
吸血鬼が潰れて、一瞬で肉塊となった。
もはや元の姿が判別できないほどだ。
肉塊は痙攣しているが、再生する兆しはなかった。
変貌したロンの腕が脈動する。
赤い光を帯びながら肉塊に突き刺さっていた。
肉塊は脈動に合わせて体積が小さくなっていく。
(あれは、吸収しているのか)
眺めているうちに、肉塊は腕に吸われ切ってしまった。
地面の染みと衣服だけが、吸血鬼の痕跡となった。
ロンは変貌した腕を振る。
鱗が皮膚の内部に潜り込み、爪が短くなっていく。
肥大化した筋肉も急速にしぼんでいった。
「ったく、ヴァンパイアは不味いぜ。エネルギー効率は上々だがね」
愚痴るロンは元通りになった腕を動かす。
特に異常は見当たらない。
袖が破れている点を除けば、先ほどまでの状態が幻だったのかと思ってしまいそうだ。
ロンは大地の染みを踏みながら僕のもとへやってくる。
「どうだった、俺の戦いは?」
「完勝でしたね。実力差が明らかでした」
「はは、そうだろう。もっと褒めてくれよ」
ロンは嬉しそうに背中を叩いてきた。
吸血鬼を喰らい尽くした片腕だ。
衝撃が響いて息が詰まる。
僕はそれより気になることがあった。
(あの腕は一体何なのだろう)
今の戦いで分かったが、ロンは人間ではないのかもしれない。
実は別の種族なのではないか。
吸血鬼だって外見は人間と大差がない。
そういった種族が他にいてもおかしくないだろう。
ロンに詳しいことを訊こうとして、僕は行動を中断する。
彼の背後――十メートルほど先に新たな吸血鬼がいた。
音を立てずに近寄ろうとしている。
その手には短剣が握られていた。
仲間の敵討ちをするつもりなのかもしれない。
(早く伝えないと)
そう思った僕はロンの顔を見る。
彼は薄笑いを浮かべて、さらに意味深なウインクまでしてみせた。
彼は気付いている。
その上で、わざと無防備な背中を吸血鬼に晒しているようだ。
引き付けてから倒すつもりなのか。
ロンならやりそうな手だが、それにしても無防備すぎる。
動く気配がないと言うべきか。
騙し討ちにしても、あまりにも脱力している。
一方でロンは、じっと僕のことを見つめていた。
何かを訴えかけるような視線だった。
(まさか、僕に倒させようとしているのか)
こちらの考えを読んだかのように、ロンが頷いた。
吸血鬼は徐々に迫っている。
物陰を素早く移りながら、着々と距離を詰めていた。
もう十秒もせずにロンを短剣の間合いに捉えるだろう。
(やるしかないのか。伯爵に負けたのに、できるのか)
一瞬の自問自答が脳裏を過ぎる。
しかし、僕はすぐさま思考を放棄した。
何も悩むことはない。
僕は託された。
力がなければ脱落する。
ここで吸血鬼を殺せなければ、外交官を続けるのは不可能だろう。
とにかく、進むしかないのだ。




