第26話 殺人鬼は戦技を目撃する
ロンが吸血鬼に接近する。
堂々とした足取りで、些かの躊躇も見せずに迫っていった。
「ハッ、血迷ったか!」
勝ち誇る吸血鬼が剣を振り下ろす。
刹那、ロンが奇妙な動きで急接近した。
間合いをずらしながら、斬撃をナイフで受け流す。
「ほらよ」
ロンが前蹴りを放ち、それを吸血鬼が片腕で受け止める。
衝撃で何歩か後ずさった。
「おのれェ!」
「どうした? 腕が可愛いことになってるぜ」
「何……!?」
蹴りを受けた吸血鬼の腕が折れていた。
不自然な箇所で曲がって揺れている。
吸血鬼は驚愕した。
ロンはその隙を逃さずにナイフで切り付ける。
「ぐおっ」
吸血鬼は剣で防御するも、ロンは構わず連続で攻撃していった。
その速度が徐々に上がる。
やがて僕の動体視力では追い切れないほどになった。
ナイフが閃くたびに無数の火花が散っている。
「こ、小癪な真似を……ッ!」
吸血鬼はロンのナイフを前に押されている。
思うように動けずに後退するばかりだ。
おそらくそのようにロンが仕向けているのだろう。
ナイフの攻撃は、相手の行動を制限するようなタイミングや角度を狙っている。
防戦の最中、吸血鬼の腕が幾度も切り裂かれていった。
血を滲ませる傷は再生しない。
(なぜだ?)
よく見るとロンのナイフが仄かに発光していた。
おそらく刃に特殊な効果が施されている。
それが吸血鬼の再生を阻害しているに違いない。
ロンは着々と吸血鬼の傷を増やしていた。
「ほらほら、そろそろ本気を出してくれよ」
「人間ごときが、舐めるなァッ!」
激怒した吸血鬼が踏み込む。
ナイフを受けながらも強引に反撃に移った。
ロンはそれを軽々と躱しつつ、何かを投げた。
それは回転する小瓶だった。
小瓶は吸血鬼の顔に当たって割れて、中の液体を飛散させる。
その途端、吸血鬼が悲鳴を上げた。
「グォギアアアアアアッ!?」
吸血鬼の顔面から白煙が立ち昇る。
手で押さえる隙間から爛れていくのが見えた。
一方でロンはナイフを弄びながら笑う。
「聖水だよ。ヴァンパイアの弱点なんだろう?」
「ぐ、おおおぅぬ……」
吸血鬼が苦しそうに呻き、顔から手を外す。
全体が爛れ切っており、両目に至っては潰れていた。
視覚は完全に機能していないだろう。
(圧倒的な実力差だ)
僕は既に勝敗を察していた。
ロンは想像以上の手練れだったのだ。
身体能力で勝る吸血鬼を軽くあしらっている。
吸血鬼は決して弱くない。
仮に僕が正々堂々と立ち向かえば、剣の一撃で殺されていたはずだ。
ロンは相手の動きを予測し、最適以上の反応で返している。
とにかく、自分が有利になれる状況へと引きずり込んでいた。
その経験の前では、思い上がった吸血鬼など獲物に等しかった。




