第25話 殺人鬼は諍いを見守る
ロンが吸血鬼の主張に肩をすくめた。
彼は特に気負った様子もなく相手を諭す。
「おいおい、国際問題に発展するぜ? 種族差別は見逃せねぇなぁ」
「人間風情が舐めた口を……」
吸血鬼の片手が腰の剣に伸びた。
柄を持って刃を抜き放つ。
よく手入れされた両刃の剣だった。
それを吸血鬼は静かに構える。
慣れた動作は戦闘経験を窺わせた。
対するロンは片手にナイフを持っている。
彼は身構えずに歩み寄っていった。
どうやら一人で相手をするつもりらしい。
吸血鬼は鼻を鳴らして挑発する。
「貴様がここで平伏して謝罪するのなら、家畜にするだけで許してやろう」
「ハッ、お断りだぜ」
ロンが嘲るように返すと、吸血鬼の怒りがさらに膨れ上がった。
既に明確な殺意と化している。
周囲の人々は恐る恐るといった様子で、平伏しながらこちらを眺めていた。
(殺し合いは避けられそうにない)
僕はリボルバーを掴み取る。
いつでも撃てるように意識しながら、両者の戦いを見守ることにした。
(この吸血鬼はどれだけ強いのだろう)
伯爵より格下に見えるが、気のせいかもしれない。
ただ、こちらを見くびっているのは確かだ。
人間と吸血鬼の力の差を信じ切っている。
(そこが決定的な隙だろう)
脳裏で吸血鬼との戦いをシミュレーションする。
こうして堂々と対峙した状況なのだ。
奇襲はできないが、不意を突くことは可能である。
まず伯爵の時のように、こちらの言動で頭を混乱させる。
一時的に思考力を奪って、その間に攻撃するのだ。
おそらく可能だろう。
僕にはやり遂げる自信があった。
長所として認識したことで、上手く使いこなせるようになってきた。
(至近距離からの銃撃が一番か)
四肢か頭を吹き飛ばすのが有効だと思う。
反撃を貰うだろうが、今の僕には再生能力がある。
痛みにさえ耐えれば問題ない。
僕は伯爵に勝つつもりでいた。
ここでロンの戦闘から学習して、リベンジに活かすつもりだった。
不思議と彼が負けるイメージが抱けない。
自信に満ちた態度と、謎めいた力の気配がそう思わせるのか。
ロンと吸血鬼は、既に互いの武器が当たる間合いに入っている。
張り詰めた空気の中で対峙していた。
いつ動き出してもおかしくない雰囲気である。
ロンはこちらを向かずに言った。
「いいか、ダニエル。あんたとは違う戦い方を見せてやるよ」




