第23話 殺人鬼は散策する
街の通りを進んでいくと、前方に禍々しい城が見えてきた。
あそこがこの国の中央施設らしく、各地に点在しているのだそうだ。
赤黒い外壁の城は濃い血の臭いを漂わせている。
近付くほどにそれは強まっていく。
腐臭も混ざっているそうだが、それすら気にならないほどだった。
顔を顰めた僕は口だけで呼吸をする。
(あれは血の汚れなのか?)
目を凝らして観察する。
どうやら城に付着した血が幾重にも重なって塗料のようになっているのだ。
真新しい血痕は少ない気がする。
長い歴史と共に刻み込まれた臭いなのだろう。
「ウォーグラトナは権力闘争を常に繰り返している。力を持つ者こそが頂点に立ち、敗者は奈落へと転落する」
伯爵の解説を聞きながら、城へと続く橋を渡る。
深い堀に水は入っておらず、代わりに無数の死体が積み重なっていた。
みすぼらしい服装は人間だろう。
豪華な服を着ているのは吸血鬼だと思われる。
(死体は種族を問わずに廃棄されるのだろうか)
絶命した時点で階級差別は無くなるらしい。
その点では平等と言えるのかもしれない。
様々な発見をしつつ城の前に辿り着いた。
そこでエマは僕達に向かって告げる。
「私は停戦契約の更新をしてくるよ。少し時間がかかると思うから、街を見て回るといい。あまり遠くに行かないでね」
「よければ私が案内しよう!」
伯爵がここぞとばかりに進み出るも、エマに襟首を掴まれてしまった。
彼女は少し呆れた様子で言う。
「君が契約の担当でしょ。ダニエル君の観光に付き合いたいのなら、さっさと終わらせよう」
「ふむ。それは名案だな。では後ほど会おう!」
エマに引きずられるようにして、伯爵は城の中へと入ってしまった。
残されたのはエマ以外の外交官――すなわち僕とロンと他の殺人鬼である。
ロンは大げさにため息を吐く。
「色々と残念な野郎だな。ヴァンパイアはもっと冷酷だと思っていたが」
「人好きという感じでしたね」
「あいつが特殊なんだと思うぜ。俺が会ったことのあるヴァンパイアはもっと高圧的だった。種族差別も露骨でな……」
ロンの愚痴を聞いているうちに、他の殺人鬼達は解散してしまった。
空きスペースにバスを放置すると、各々で騒ぎながらどこかへ去っていく。
契約更新までの時間で街の観光をするつもりなのだと思う。
(エマだけで事足りるのなら、どうしてこの大所帯で入国したのだろう)
ふと疑問に思うも、答えはなんとなく分かった。
おそらくは気分転換なのだ。
それほど深い意味はないような気がする。
殺人鬼達の様子からして、それは明らかであった。
「他の連中も自由行動らしい。呑気なもんだぜ、まったく」
「僕達はどうしますか」
「うーむ、そうだな……」
ロンは腕組みをして悩む。
数秒後、腹を撫でながら歩き出した。
「とりあえず飯でも食いに行くか。人間向きの店があるか知らないが」
「そうですね。行きましょう」
この国で落ち着いて食事できるのかは定かではない。
ただ、純粋に観光したい気持ちもあった。
店を探すうちに自然と見て回ることができるだろう。




