第22話 殺人鬼は吸血鬼の国を訪れる
その後、僕達は門に到着した。
伯爵は領土に踏み込む前に警告する。
「ここから先はウォーグラトナだ。基本的に襲われることはないだろうが、命の保証はできない。自分の身は自分で守りたまえ」
おそらく僕に向けた言葉だろう。
他の外交官は既に承知の上で、ロンも国外について詳しい様子だった。
僕が頷いたのを見て、伯爵は満足そうに開門を指示した。
開かれたそこから僕達は領土内に踏み込む。
(ここがウォーグラトナ……)
僕は初めての他国に感心する。
門から見える街並みは少し古めかしい印象だった。
高層ビルなどはなく、木造やレンガ造りの家屋ばかりだ。
歩く人々は簡素な布の服を着ている。
誰もが同じ物を纏っており、ファッションの自由に乏しいのが分かった。
人々は伯爵を目にした途端に平伏する。
そのまま恐怖に震えながら固まってしまった。
伯爵はその中を闊歩する。
必然的に僕達も後に続くことになった。
先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
エマは囁くように解説する。
「この国では種族による階級制度が徹底されているんだ。ヴァンパイアと人間では絶対的な隔たりがある」
「当然だろう。埋めようのない優劣があるからね」
伯爵は胸を張って言う。
自らの言葉を微塵も疑っていない様子だった。
エマは少し意地悪な表情で反論する。
「そんな人間に君は負けたようだけど」
「だからダニエル君を高く評価しているのだよ。あれは彼自身の素質だ。人間のままにしておくのは惜しい」
伯爵の目が僕を注視する。
そこに興味と欲望の色が覗いていた。
僕は背筋が凍るような錯覚に襲われる。
隣を歩くロンは気の毒そうに言う。
「えらく気に入られているな。そのうちヴァンパイアにされるんじゃないか?」
「僕は別に構いませんが」
「人間をやめて強くなりたいってわけか」
「いえ。単純にこだわりがないだけで」
僕は殺人鬼として外交官になったが、人間であることに固執するつもりはなかった。
まだ一端に過ぎないが、世界の真実を知れた。
そして、自分の弱さも痛感した。
強くなりたいわけではないものの、便利な身体を羨ましいとは思う。
はっきりとした感情ではないので表現しにくい。
ただ、とりあえず人間を捨ててもいいとは考えていた。
そういったことを伝えると、ロンは苦笑いしながら頬を掻く。
「なんか……やっぱり変わってるな」
「そうでしょうか」
僕は彼の反応が分からず首を傾げた。




