第20話 殺人鬼は変化を自覚する
僕達は、いきなり襲いかかってきた吸血鬼スィーカー伯爵の案内でウォーグラトナへと向かう。
ウォーグラトナは煉瓦造りの壁で囲われた国だ。
古びた外観は脆く見えるが、ロンによると多重の魔術が施されているらしい。
見かけ以上の耐久性を有しているそうだ。
僕達は壁沿いに移動し、国内へと続く門を目指している。
本来なら門まで車両で移動する予定だったが、大半が壊されてしまったので、こうして徒歩で向かうことになった。
舗装されていない荒野の地面を歩くのにも慣れてきた。
(他の外交官も無事みたいだ)
僕は後方を振り向いて確かめる。
伯爵に解体されたノルティアスの外交官達は、ほとんどが復活していた。
総勢二十人ほどで、好き勝手に雑談しながら故障したバスを押して運んでいる。
本来なら即死するほどの負傷をした彼らだが、あっけなく回復していた。
持ち前の再生能力で肉体を復元させたり、欠損した部位を縫い合わせて繋げたりと方法は様々だった。
そもそも伯爵の攻撃を避けて、死体のふりをしていた者までいた。
殺人鬼は人間だと思っていたのだが、怪物の領域に片脚を突っ込んでいるようだ。
愉快そうに盛り上がる外交官達を見ていると、ロンが僕の肩に手を置いた。
彼は心配そうに声をかけてくる。
「もう平気か?」
「はい。たぶん大丈夫です」
僕は切断された腕を振ってみせる。
少し前に完全回復していた。
問題なく動かすことができる。
(また一歩、殺人鬼に近付いたようだ)
伯爵から与えられた再生能力は、悪くない代物であった。
頭や心臓を潰されない限りは完治するらしい。
自分が人間から離れた気がするも、別に執着はない。
生存率が上がったのだから、素直に喜ぶべきだろう。
視線を感じたので前を見ると、伯爵が僕の手を観察していた。
彼は嬉しそうに微笑を深める。
「安定するのが早いね。君にはヴァンパイアの素質があるようだ」
「彼はノルティアスの殺人鬼だよ」
「やれやれ、強情だな」
伯爵とエマは静かな言い争いを繰り広げていた。
なんだかんだで仲が良さそうに見える。
それをよそに、僕は腰の拳銃に触れた。
脳裏を過ぎるのは伯爵との戦闘だ。
(まったく歯が立たなかったな)
不意打ちである程度の傷は与えられたが、伯爵はすぐさま再生していた。
対する僕は、片腕を切り落とされていた。
もしあのまま戦いを続行したとしても、まず勝てなかっただろう。
種族の差だと言ってしまえばそれまでだが、僕は無視し難い感情を覚えていた。
(――次は絶対に、殺す)
別に恨みがあるわけではない。
胸の内に燻るのは、殺人衝動だ。
獲物を仕留め切れなかったことに対する不満が募っている。
そう、僕は悔しいのだ。
完膚なきまでに敗北して悔しさを感じている。
こんなことは初めてだった。
子供の頃から惰性で生きてきた。
勝負の結果なんて興味がない。
競争からは離れて暮らすように意識してきた。
(外の世界を目にしたことで、精神的に変わったのか)
存外に悪くない気分だった。
着々と殺人鬼に染まりつつあるようだ。