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第2話 殺人鬼は世界事情を知る

 視界が暗闇に包まれている。

 布で目隠しされているせいだ。

 外れないようにきつく縛られている。


 尻から冷たいパイプ椅子の感触が伝わってくる。

 後ろに回された両手は固定されていた。

 僕はどこかの部屋で拘束されている。


 すぐに近くに人の気配がした。

 たぶん一人だ。

 先ほどから沈黙しており、視線だけを感じる。

 値踏みするかのような視線だった。


(一体誰だろう)


 疑問に思っていると、その人物が話しかけてくる。


「ダニエル・スタンウェス君。どうしてここにいるか分かる?」


 穏やかな女性の声だった。

 冷静ながら優しい口調だが、きっと表面的なものだろう。

 どことなく偽った声音である。


 正体不明の相手からの問いに、僕は淀みなく答える。


「人を殺したからです」


「その通り。全部で三十六人。たった一人でよくやったものだよ」


 三十六人。

 あのオフィスで僕が奪った命の数だ。

 もう少しやれそうだったが、駆け付けた警察隊に捕まってしまった。


(あっけなかったな)


 殺人に至った理由は特にない。

 上司からの説教や水をかけられたことは、あくまでもきっかけに過ぎなかった。

 直接的な原因とは言えないだろう。


 会社の人間は確かに鬱陶しかったが、恨みや憎しみは抱いていない。

 やはり殺すほどではなかった。

 瞬間的に怒りを覚えたといったこともない。


(衝動的な行動だ。そうとしか言えない)


 僕は、きっと心のどこかで待ち望んでいた。

 なんとなく人を殺してみたくなったのだ。

 その欲求を止められず、むしろ発散できる機会を探っていた。

 もしあの瞬間を平穏に乗り越えたとしても、どこかで爆発していたに違いない。


「今から僕を死刑にするんですよね」


「違うよ。それは取り下げてもらったんだ」


 女性はあっさりと否定する。

 誤魔化しではない。

 事実が述べられていることは伝わってきた。


 僕の周りを歩きながら女性は話を続ける。


「半端な殺人者は社会のゴミだけど、君は違う」


「どう違うのですか」


「優秀な殺人鬼の卵だ。これからさらに成長するかもしれない。殺人鬼は貴重な人材だから、死刑は取り消された」


「……一体、何を言っているのですか?」


 何やら話が予想外の方向に向かっている。


 僕はこの状況を、死刑執行前の取り調べかと思っていた。

 大量殺人者だから厳重に拘束されて、動機等を引き出されようとしている。

 もしかしたら拷問紛いの行為を受けることになるかもしれない。

 そう考えていた。


 しかし、どうやら実情とは異なるらしい。

 女性は僕を蔑むどころか評価している。

 さらには死刑も取り消しだという。


(話が読めないな)


 動けない僕は考察を進める。


 僕の身柄を特例的に確保して、死刑を取り消せるほどだ。

 何やら大きな権力が関わっているのは察することができた。

 肝心の理由についてはさっぱり見当も付かないが。


 色々と疑問が浮かぶ中、肩に手を置かれた。

 驚くほどに冷たい手だ。

 女性は僕の耳元で囁く。


「今から君に真実を見せよう。きっと驚くと思うよ」


 首元に小さな痛みが走った。

 何かを注射されたらしい。

 そう気付くと同時に意識が飛ぶ。


 目覚めると僕は、走行する車内にいた。

 後部座席に腰かけて、シートベルトを装着している。

 拘束は外されて、目隠しもされていない。

 着ている服は真新しいネイビーのスーツに変わっていた。


 窓の外を見る。

 現在は街中にある道路を走っているようだ。


 車を運転するのはサングラスをつけた黒服の男だった。

 隣には、スーツ姿の女性が座っている。


 銀に近い白髪には、赤いハイライトが混ざっている。

 まるでモデルのような目鼻立ちだ。

 エメラルド色の双眸は、瞬きもせずに僕を凝視している。


 この人物は、気を失う前に話していた女性だろう。

 直感的に理解した僕は、すぐに質問をする。


「どこに向かっているのですか」


「秘密。それより君に質問がある」


 女性は僕の質問を流すと、世間話のように訊き返してきた。


「学生時代、社会科の成績は良かったかい?」


「いつも平均くらいでしたね」


「なるほど。では、この世界の歴史について説明してくれるかな」


 女性は涼しい顔で言う。

 有無を言わせない態度だった。

 逆らっても良いことはないだろう。


 断る意味もないので、僕は彼女の指示に従った。

 義務教育で習って内容を思い出しながら説明する。


 およそ百五十年前、世界規模の戦争が発生した。

 兵器の多用による大地の汚染が深刻化し、人類の大半が死滅した。


 残された人々は、汚染されていない地域を外界と隔離すると、唯一国家として運営し始めた。

 それがこの国――ノルティアスである。

 滅亡寸前の人類は再起し、現在は限りある国土の拡張に努めている。


 以上が学校で教わった世界事情であった。

 戦争前の時代は平穏だったらしいが、記録がほとんど残っていないそうだ。


(細部は省いたけれど、大まかな流れは間違っていない)


 説明を終えた僕に対し、女性は申し訳なさそうに苦笑する。


「ごめんね。その歴史、ほとんど嘘なんだ。この世界はもっと残酷で狂っているから」


「……どういうことですか」


「見てもらった方が早いね。もう少しで分かると思うよ」


 そこから会話が途切れた。

 走行する車は、だんだんと人通りの乏しい地域へと移動する。

 さらに立ち入り禁止の区画に入った。

 数度の検問を何事もなく通過していく。


(やはり僕の扱いは、政府公認みたいだ)


 最低限の舗装がされた道を走り続ける。

 工場らしき建設物が目立つ地帯では、軍用車と頻繁にすれ違う。


 やがて車は進路を壁に阻まれた。

 重厚な壁は鋼鉄製でどこまでも続いている。


「ここから先は国外だけど、汚染されてないから全然大丈夫」


「では何があるのですか?」


「色々だね。一言じゃ語り尽くせない」


 女性は肩をすくめて言う。

 またもやはぐらかされた。

 明言する気はないのではないか。

 肝心な部分は何も教えられていない。


 ブザーが鳴ると、壁の一部がスライドした。

 ちょうど車が通れるだけの穴ができる。

 車はそこを通って壁の先へと抜けた。


 壁の向こうにあったのは、荒野だった。

 ひび割れた大地に僅かな草木。

 殺風景な環境である。

 それが延々と広がっていた。


(これが外の世界か)


 僕の知る常識では汚染地帯で、人間が長居できない場所らしい。

 女性の言葉を信じるなら、そうではないそうだが。


「ふう、少し暑いね」


 物珍しさに見回していると、唐突に女性が窓を開けた。

 彼女は気持ちよさそうに風を受ける。

 切り揃えられた髪が後ろに流されていた。


(平気で窓を開けている。やはり汚染地域というのは嘘なのか)


 車は荒野を走る。

 道もない場所を進むせいで、やたらと振動が大きい。

 決して乗り心地は良くないものの、それが気にならないような光景を見つけた。


「あれは……」


 荒野の只中で、数人の男達が奇妙な風貌の大男と戦っている。

 大男は緑色の肌で腰巻をしていた。

 額からは角が生えている。

 丸太のような棍棒を振り回して、男達を薙ぎ払っていた。


 まるで御伽噺に出てくる鬼だ。

 もし特殊メイクではないとすれば、あれは紛れもない怪物だろう。


 対する男達は互いに連携を取って鬼に反撃している。

 槍や斧を使って着実に傷を与えていた。


 僕達を乗せる車がその場で止まる。

 エンジンをかけたまま、両者の戦いの行方を見守る位置にいた。


 勝利したのは鬼だった。

 男達を残らず撲殺した鬼は、その場で死体を齧りながら、残りを脇に抱えてどこかへと立ち去る。


 一部始終を目撃した僕は、隣の女性に尋ねる。


「あれは何ですか」


「オーガと呼ばれる巨人の種族だね。驚いたかい? これが真実なんだ」


 女性は平然と述べる。

 彼女が窓を閉めると、車は再び発進した。

 鬼とは異なる方角へと進んでいく。


「君は人類が滅亡寸前だと言ったね。あれは正確な表現じゃない。実はもう破滅しているんだ」


「どういうことですか」


「そのままの意味だよ。人類は終わっている。繁栄も衰退もなく、ただ終わっている」


 女性は淡々と語る。

 嘘を述べている雰囲気ではなかった。


「およそ五百年前。人類はあらゆる脅威に敗北した。それ以降は、資源という扱いになっている。食糧とか繁殖用とか労働力とか使い道は多岐に渡るね」


「つまり僕達も資源ということですか」


「それは少し違うな。ややこしいから今は説明しないけど」


 女性は皮肉に近い笑みを浮かて、それ以上は語ろうとしない。

 遠い目で荒野を眺めながら話を続ける。


「荒野の向こうには、いくつもの国がある。種族ごとに支配地が決まっていて、人類の扱いもその国次第だ。それなりに重宝されることもあれば、尊厳も何もない場合だってある」


「まるで奴隷ですね」


「国によっては家畜と同列だよ。ノルティアスはかなりマシな部類かな」


 人類は資源とのことだが、ノルティアスにそのような制度はない。

 当然ながら人間が統治しており、国民には様々な権利が保障されている。

 たまに凶悪犯罪は起きるが、警察や軍が対処していた。

 国家として正常に機能していると言えよう。


(ノルティアスにおける人間は、社会の歯車という意味で資源なのか?)


 しかし、少なくとも歴史については嘘だらけだった。

 何のためにそのような教育が施されているのか。

 おそらく国家が主体となって真実を隠蔽している。

 政府は何が目的なのだろう。


 様々なことに考えを巡らせていると、女性が遮るように発言する。


「さて、ここで問題。どうして君を国外のエリアに連れてきたと思う?」


「クイズですか」


「うん、クイズ」


 女性は楽しそうに頷く。

 こちらの回答を期待しているようだ。


(国外に来た意味……)


 クイズの答えを考えてみる。

 しかし、先ほどから謎と疑問は増えていくばかりで、彼女の望むような考えは持ち合わせていなかった。

 だから僕は素直に答える。


「分かりません」


「そう。じゃあこれが正解ね」


 女性が運転手に意味深なアイコンタクトを送る。

 その途端、横の扉が勝手に開いてシートベルトが外れた。


 刹那、横腹に強い衝撃を覚える。

 女性に蹴り飛ばされたのだと理解した時、僕は走行する車両の外にいた。

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[良い点] >半端な殺人者は社会のゴミ 脚に異状が有るにも関わらず車を運転して人殺しした某老害とか、 女子高生コンクリ詰め殺人の被告とかの事ですな。 非の打ち所の無い正論。 [一言] 続きも楽しみ…
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